私がこの男性担当者へ、借主Tの現在の状況を説明しますと、男性担当者「状況はわかりました。緊急性が高いので、私がこれから借主Tの状況を見てきます。ちょっと待ってください」と室内へ入っていきます。私が玄関の外で20分ほど待っていますと、男性担当者が戻ってきまして「やっぱり、借主Tは入院の必要がありますね。強制執行は12月〇〇日ですよね。何とかします。任せてください」とても心強い返事が返ってきます。
それから1週間経って、私が男性担当者へ「借主Tの件、その後どうなりましたか?」と電話で確認しますと、男性担当者「ああ、あの方なら3日くらい前にもう〇〇病院へ入院させましたよ。」との回答。手際の良さに大変感心しました。
こうして無事、借主Tがこの建物からいなくなったため、早速執行官と執行補助業者へ、「あの建物の借主Tを入院させました。もうあの建物には住んでいませんので、強制執行ができます!」と電話連絡します。
すると、執行補助業者から「まだあの室内にはいろいろな家財が残っていて、たとえば小銭のようなお金とか、大切にしていたような写真にアルバム、あと、借主Tのお母さんの位牌もありましたので、そういったものは強制執行のときに処分できなくて、保管になる可能性が高いです。そうすると、さらに保管費用がかかってしまいますよ」との教え。こちらの執行補助業者は、当社と長年懇意にしているため、何かとアドバイスをいただけます。
「では、保管費用がかからないためにはどうすれば良いのでしょうか?」と聞くと、
「借主Tから、『室内に残されている動産をすべて放棄します』という動産放棄書に署名押印をもらって、それを執行官へ提出すれば大丈夫ですよ」と言われます。
「ちなみに、もし保管すると費用はいくらぐらいですか?」
「まあ、あの荷物だから、ざっと10万円くらいですかね」
保管費用が約10万円かかるとのことですが、恐らくこの借主T、今後、入院先でお亡くなりになる可能性が非常に高いです。失礼な話ではありますが、その借主Tの動産を、当社が10万円の費用をかけて保管するのはどうかと思い、借主Tから動産放棄書にサインをもらったほうが良いと判断しました。
先ほどの社会福祉士の男性担当者へ、借主Tの入院先を確認し、借主Tがいる病室を訪ねました。
病院のベッドの上で寝ている借主Tからは、さらに病状が悪化しているらしい様子が見て取れましたが、私は何とか借主Tの耳元で説明をして、動産放棄書にサインをもらいました。
こうしてようやく借主Tから動産放棄書にサインをもらいましたので、執行官へ提出し、12月〇〇日、無事に建物明渡の強制執行は完了しました。このときの強制執行調書は[図表4]のとおりです。
あとは、滞納家賃と強制執行費用を回収する必要があります。借主Tはもうこういう状況で、借主Tからの回収は困難なため、連帯保証人からの回収となります。
連帯保証人は、借主Tの元の勤務先の同僚で、60代男性です。私も、家賃滞納発生当初、連帯保証人へも請求していましたが、「連帯保証人になったのは、もう何年も前のことだから、俺には関係ない」「俺は、今はもう仕事もしていないから、支払う金などない」みたいなこと言って、支払を拒んでいたことを覚えています。ただし、そうはいっても、回収をしなければなりません。
連帯保証人は、現在年金暮らしで、賃貸マンション住まい、特に差し押さえるものは見当たりません。こういった場合、高圧的に請求しても支払ってもらえる可能性が低いため、請求対象者に対峙するのではなく、ともに寄り添って走る仲間=伴走型、「私はあなたの味方です。これから長いお付き合いになるのですから、一緒に、ともに協力していきましょう」という姿勢で接することを続けていけば、相手も次第に心を開いてくれます。
そのようにして、連帯保証人へ請求していますと、その後、連帯保証人から毎月3万円ずつの分割返済が始まり、約2年半かけて、無事に完済となりました。これも回収の方法の一つとして効果的です。
建物明渡請求と滞納家賃請求の民事訴訟をして、建物明渡の強制執行という基本的な流れでも、今回の借主Tのように、重病で動けない債務者の場合、建物明渡の強制執行はできません。そういったときは、役所の福祉事務所という公的な力を借りることが、スムーズな解決方法の一つとなります。また今回のようなケースに限らず、家賃滞納トラブルにおいては、積極的に、役所の支援を求めることをお勧めします。世間一般には認知されていない支援制度が多くあるからです。