「排泄の失敗」という名の「地獄絵図」
◆父、紙パンツ始めました
転倒する頻度もさることながら、排泄の失敗も増えた。小便はもちろんのこと、大便もだ。その処理をするのはすべて母である。ある日、大便を漏らした父。そのとき、父に羞恥心や罪悪感は一切なく、ヘラヘラと笑っていたという。2015年末のことだ。
この頃から、実家のトイレが公衆便所のようなニオイになった。便器外にはみ出た尿を吸うパッドや消臭マットを使うも追いつかず。おまけに歯を磨けていないせいか、口臭も激化していく父。老化とはこういうものだと改めて痛感した。
そして、とうとう紙パンツを穿(は)かせることにした。要はオムツの一種だが、介護の場合は紙パンツと呼ぶ。介護される側のプライドを保つためだとか。よく聞く話では、プライドが邪魔して紙パンツを断固として拒む老人が多いという。それゆえに漏らして汚してしまった下着を、たんすや押入れに隠しておく。悲惨な光景が目に浮かぶ。
父も初めは嫌がったが、ここで活躍したのが姉である。ちなみに私は姉のことを「地獄(じごく)」と呼んでいる。姉は自ら紙パンツを穿き、「うわー、これ快適だわぁ♪」と父に勧めた。
父は姉が大好きだ。姉は、父が生まれた土地に建てた別荘(小屋だけど)にひとりで住んでいる。千葉の奥地で、猿や猪が出るド田舎なのだが、父方の墓地の真ん前だ。姉を墓守娘と信頼しているのだろう。車で2時間かかる奥地から実家に駆けつけた姉が、父の尊厳を傷つけずにうまく勧めてくれたので、素直に穿いてくれたのだ。
この頃、私だけは父の粗相シーンに直面しておらず、糞尿処理をしたことがなかった。母は糞尿処理が日常茶飯事だし、姉は父がトイレに間に合わずに、ボタボタと垂らしながら歩く姿に遭遇している。トイレに至る道すじから座ってしまった便座まで、すべてがウンコまみれ、床もオシッコでびしょびしょ、という地獄絵図を経験しているのだ。紙パンツの必要性を痛いほどわかっているからこその説得力。拒(こば)まずにすんなり穿いてくれたことは幸運としか言いようがない。
そして、もうひとつ幸運なことがあった。両親の住むマンションに、地域包括支援センター(高齢者の相談窓口)の人が講演に来たという。「家族のことで不安な方はお気軽にご相談ください」と言ってくれたらしい。
父の糞尿と日々奮闘していた母は、躊躇(ちゅうちょ)することなく相談に行き、介護認定を受けることになった。このステップになかなか踏み切れない人が多いと聞く。「うちはまだ大丈夫」「家族でなんとかする」と奥ゆかしい限りだ。でも、日常に支障をきたしたら、速攻相談するべきである。母は即相談した。そこはよかった。判定の結果は「要支援1」。最も軽いレベルだが、介護サービスを受けられるのだから、一歩前進である。2016年1月のことだった(要介護度別の状態を「表1」でまとめてみた)。
しかし、事件はその後に起きたのである。
【第1回】「かってきたよ゜」父のメールに、認知症介護の兆しが見えた
吉田 潮