人生で一度は経験するであろう相続。手続きに慣れている人などは多くなく、戸惑うことばかりかと思います。なかでも、もっとも頭を悩まされるのが財産の分配でしょう。遺産が現金だけならば、平等に分けるのも容易かもしれませんが、なかなか均等にするには難しいものもあるはずです。本記事では、税理士事務所に寄せられた、現金に換えることが困難な財産を相続することになった兄弟の事例を紹介します。

相続財産の4割が「将来のリスク」を内在!?

30年前、Aさんは父が築き上げてきた事業を引き継ぎ、会長職となった父と二人で会社を更に大きくして、その後も堅実な経営を続けてきました。

 

Aさんの会社は静岡県で製造業を営んでいますが、時代の流れもあり、自分の子供たちに事業承継をするのは難しいだろうと考えていた矢先のこと、父が病に倒れ亡くなりました。

 

Aさんには、東京の会社に勤務する弟2人とフリーランスで働く妹が1人おり、父の葬儀で久しぶりに顔を合わせました。兄弟4人は昔話に花を咲かせながらも、父の遺言がなかったこともあり、遺産分割について、これからどのように進めていこうかと内心不安に思っていました。

 

筆者の事務所は、顧問契約のあったAさんの妹から、今回の相続税申告業務の依頼を受けました。

 

相続財産を整理してその評価額を計算する作業と並行して、兄弟4人が遺産分割についてどのように考えているのか聞き取りをしていくことにしました。4人に共通していたのは、「平等に相続したい」という考え方でしたが、父の事業を引き継いだAさんと、それ以外の兄弟3人とを同じ基準で考えていいのか、という問題を感じていました。

 

「平等に相続したい」
「平等に相続したい」

 

というのも、相続財産のなかには、Aさんが経営を引き継いだ会社の自社株式・貸付金債権・会社建物の敷地があり、その評価額は相続財産全体の4割を占めていたのです。会社には、事業を拡大するときに父から借り入れた多額の金銭債務が残ったままになっており、これを全額返済するだけの預貯金が現状ではありません。一方で、自社株式については過去の利益の蓄積があり、相続時点ではある程度の評価額になっていました。

 

また、会社建物の敷地についても、上に建つ老朽化した工場兼住居は堅牢なつくりであったため、取壊費用が5,000万円程度かかると見積もられたのです。

 

会社に関する財産は、父から事業を引き継いだAさんが相続するのが自然であると誰もが考えましたが、これらは実際に現金にすることが難しく、さらには将来のリスクを内在しているという点を考慮しなければならない財産でした。

それぞれの主張と遺産分割協議までの道のり

2人の弟は「静岡の会社の株式・貸付金債権と会社建物の敷地は、事業承継した長兄Aが相続したほうがよい。これらの財産も全て含めて、皆の相続財産が平等になるようにわけたらどうか」と考えました。

 

妹は「長兄Aが事業承継しているとはいえ、返済できない貸付金や、承継者がいない自社株式を他の財産と同等に考えるのは平等とはいえない。静岡の会社に関係する財産は長兄Aが相続し、それ以外の財産をあらためて4人で平等にわけてはどうか」と考えました。

 

Aさんも妹の意見に賛同したいものの、「今まで自分だけが父の財産で生計を立ててきたとも考えられるので、弟2人の意見も尊重したい。ただ、会社建物の敷地を処分するために発生するかもしれない取壊費用については考慮してほしい」という意見でした。

 

それぞれの立場を考えたうえでの「平等」の着地点を探すため、まずAさんが引き継いだ会社について3年間の経営計画を立て、父からの借入債務のうち、実際に返済可能な額を算定しました。

 

次に、会社建物の敷地について、建物を解体しないで処分又は賃貸する方法がないか、さらにはM&Aの可能性など、より多方面の情報を集めました。

 

そして、これらをまとめ、Aさんが引き継いだ会社に関係する、相続財産の本来的な価値と将来のリスクを他の3人と共有し、遺産分割についてもう一度考えてもらうことになりました。

4人の兄弟が出した「平等に相続したい」の結論は?

相続税申告期限のちょうど2ヵ月前、東京に4人の兄弟が集まって遺産分割協議が行われました。これだけの財産を残してくれた父に皆で感謝するとともに、父の事業を引き継いでくれたAさんに対しても、3人の兄弟から労いの言葉がありました。

 

それぞれが、自分の意見をしっかりと伝えた上で、Aさんが承継した会社に関する相続財産のうち、貸付金債権について返済可能な部分は4人で均等に分けました。返済が難しい部分の貸付金債権と自社株式、会社建物の敷地については、Aさんが単独で相続することに。そして、預貯金などほかの財産も含めた相続財産評価額全体から納税額を差し引いた手取り額について、Aさんが、ほかの3人より2,000万円程度多くなるように分割をすることで、協議が終了しました。

 

さらに、5,000万円と見積もられた会社建物の解体費用については、Aさんだけにリスクを負わせるのは申し訳ないと、相続した預貯金のなかから、ひとり1,250万円ずつ共通の口座に移動して確保しておくことも話し合われました。

 

その後、Aさんが着実に経営計画を実行し、ほかの3人の兄弟名義になった会社債務を完済した頃、以前から情報を集めていたM&Aの話が現実のものとなりました。そして、建物も含め会社全体がそのまま承継されることになり、建物解体費用として兄弟4人で確保していた5,000万円は、結局手つかずのまま返ってくることになったのです。稼業を継いだAさんと、そのAさんの立場を理解し尊重した3人の兄弟の、思いやりが結実した遺産分割は、理想的なかたちで終了したのでした。  

 

 

古沢 暢子
税理士法人田尻会計 税理士

 

 

 

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