オリンピックも近づき業界は活発化しているものの…
不動産市場は現在、活況にあるといってよいでしょう。国土交通省が毎月発表している「不動産市場動向マンスリーレポート」[図表1][図表2]や土地代データの「日本全国の地価推移グラフ」[図表3]によると、確かに前年よりは落ち着いてきた感はありますが、それでも不動産市場全体は2013年から緩やかに右肩上がりの傾向にあります。
これはおそらく、安倍晋三内閣による「アベノミクス」効果などが影響し、住宅ローンの金利も低下したうえ、中国を中心とした海外からの不動産投資が増えてきたことなどによるものだと推測できます。
中国富裕層の「爆買い」が一旦収まり、高騰しすぎた価格は適正価格へと下がってきたものの、今なお新築マンションは続々と建設されています。2020年の東京オリンピックを控え、インフラやホテルの整備などで地価が上昇していることも一因でしょう。
また特に東京を中心とした首都圏の中古マンションの人気は依然衰えず、不動産市場の底上げに貢献しています。住宅ローンが低金利のうちに住宅を購入する、または相続税対策や自己年金創出のためにマンションやアパートなどの不動産を購入するという人が増えているからだと思われます。特に都心の物件やターミナル駅周辺の物件の売買は堅調で、しばらくは安定した資産として投資対象になっていくでしょう。
その一方で、2016年度の不動産仲介業の倒産は前年度を上回っており、そのうちの7割は負債5000万円未満の小規模企業であるという事実もあります。
不動産市場が好況だとはいっても、オリンピック関連施設や大規模商業施設や高層マンションなど大型事業の建設はごくひと握りの大手一流ゼネコンに集中しているのが現状です。同様に、不動産売買や賃貸の分野も名の知れた大手にかすめ取られ、中小不動産業はほとんど恩恵を受けていません。その結果がこの倒産数から読み取れます。
大企業の「絨毯爆撃」に立ち向かう手段はない
建設部門はさておき、不動産売買や賃貸などの仲介業で、なぜ中小企業が破綻していくのか。それには当然とも思える理由があります。
やはり圧倒的に不利なのは、企業の持つネームバリューやイメージの差です。大手の中には旧財閥系や電鉄の冠がついているところもあり、テレビCMや広告などで目立っています。全国規模で事業展開しているため支店数や社員数、資金力など企業規模がそもそも異なります。すでに名前を知られているということは、売る側、買う側、貸す側、借りる側にとって存在感や安心感があり、とても大きなアドバンテージとなります。
また不動産情報の提供にはインターネットが駆使され、昨今の住居探しのスタイルが大きく変化したことも影響しています。たとえばひと昔前、大学進学や就職で上京した若者たちは、自分の住みたい場所、学校や勤務地に通うのに都合のいい場所の見当をつけ、その駅に降り立って駅前の不動産屋に飛び込むというスタイルが主流でした。後にアパマン関連の情報誌が台頭しますが、それでも実際に管理する不動産屋に連絡し、部屋を見て決めていました。
ところが、近年ではパソコンやスマートフォンなどから住居を検索し、場合によっては実際に行かなくても写真や動画などで部屋を選ぶことができるまでになっています。
不動産は通常の場合、指定流通機構に情報を登録しなければならず、数あるウェブサイトも駅前の不動産屋も、一部の例外を除いて同じ情報を共有しているので、どこからアプローチしても同じデータが出てきます。
ただ、これだけインターネットが進化した時代になると、せっかくの休日にわざわざ出かけて何となく住まいを探すより、自宅からインターネット経由で情報を数件に絞り込んで、ピンポイントで探すほうが圧倒的に便利で楽なことは間違いありません。
そうなると、ユーザーが検索しやすいウェブサイトを作ることができる技術や資金力を持ち、大量の情報提供ができる大手不動産業者のほうが有利なことは明らかです。大手不動産業者が有名なポータルサイトや通信事業者と提携してしまえば、町の不動産屋は出る幕ではありません。
一方、管理オーナー、つまり大家さんの側としても、従来のように地元の不動産屋にお願いすることが減っています。それは、不動産売買や賃貸系の大手企業が、知名度と機動力を駆使して、まるで「絨毯爆撃」のように、ある一帯に住む大家さんや不動産を売りたいと考えている潜在的なオーナーたちの掘り起こしと取り込みに入っていくからです。まったくその土地に縁もゆかりもない企業ですが、名前が知られているために大家さん側も「ここなら大丈夫そう」と安心し、お願いすることになります。
大手企業の取り込み方も優れており、たとえば仲介手数料を半額にする、広域な情報提供が可能なことをアピールする、何かしらの特典を付ける、といった方法で多くの大家さんを囲い込んでいきます。そもそも資金力があり、扱う件数も多いとなれば、多少のサービスはいくらでも可能です。
またアパートを経営している大家さんがもっとも恐れるのは、空室ができることです。大家さんが高齢の場合、年金だけでは足りずに家賃収入を当てにしている方は実際に大勢います。若い大家さんの場合は、家賃収入の一部を建築ローンの返済に利用している例が多々あります。こんなケースで一部屋でも空きができると、収入が不足することになり、自身の生活に支障をきたしかねません。
一方、個人で経営していると宣伝ができず住人の確保が難しくなります。さらに住人の管理以外にも、アパートの補修や清掃など大変な手間がかかり、その労力だけで参ってしまうこともあります。
こうした大家さんに対して「情報提供はウェブでいくらでも可能です」「うちが清掃や管理もすべて代行します」などと大手不動産業者が歩み寄ってくれば、空室も埋めてくれる可能性が高く、管理全般を任せることができます。多少の手数料を取られても、自分の手を離れて自動的に収入が入ってくるのであれば、こんなに楽なことはありません。
大手は管理しているアパートやマンション、戸建住宅などに修理やリフォームが必要になれば、大家さんに連絡して修理や建て替えなどを勧めることもあります。建物がきれいになれば、またそこで資産価値がアップし、空室ができても少し高い家賃で入居させることができます。やがて建物が古くなって人が入りにくくなったり、大家さんが亡くなって資産を分与する形になったりしたときに、その土地・建物を買い取って別の買い手に転売すればいいのです。
この手法は中小不動産屋でも同様に行っていることではありますが、大手が積極的に大家さんに働きかけ、面倒見の良さをアピールすれば大家さん側もそのまま任せてしまおうと考えるのは当然です。言い換えれば、町の不動産屋はこのような積極的な営業努力をあまりしてこなかったということにもなります。
このような形で、大手は強大な総合力を使って無縁の地域に入り、大家さんたちの懐に入り込んでいくのです。もちろんそれは悪いことではありません。むしろ大手なりのしっかりとした営業努力です。大手不動産業者の機動力には、通常の街場の不動産屋がどうあがいても歯が立ちません。
大手の機動力と粘り強さを理解するうえでわかりやすいのは、表参道ヒルズや虎ノ門ヒルズなどを手掛けた森ビル株式会社の事業です。森ビルは東京のど真ん中、大勢の人が集まる地域にマンションや事務所が入った複合型商業施設を建てることで知られています。そのプロジェクトのひとつひとつが、気の遠くなるような作業の積み重ねの上に成り立っています。
「さほど動かなくても食べていける」に甘んじていた
東京都心は、戦後の焼け野原から復興した土地柄、どこの誰が土地の所有権を持っているのか容易にはわかりません。法律上、どんな小さなスペースでも、その所有者をきちんと見つけ出さなければ土地を取得できないため、何年もかけて果てしない追跡調査と交渉を試み、小さな地面を買い集めてひとつの巨大な土地を確保するのです。
地域一帯の避難所となる防災設備を整えれば、建設の際に国からの補助金も得られます。このように砂浜から粒を集めてひとつにまとめるような作業は、いくら土地勘のある住民でも簡単にはできません。それをやり遂げてしまうのが森ビルという会社です。
こうした機動力と粘りは、町の不動産屋にはありません。人づて、業界づてに「あそこの土地が売りに出そうだよ」という話を聞いて、良さそうなら「じゃあ、引き受けるか」と土地を買い、アパートにしたり、そのまま販売したりする「受け身」の仕事が主となります。私の会社も、以前はそんなタイプの不動産屋であったことを否定はしません。
また町の不動産屋の悪いところは、さほど動かなくても食べていけるだけの利益が出てしまうという点です。管理しているのがかなり古ぼけたアパートでも、人が入ればそこそこの収益になってしまいます。空室があってもほかの何部屋かが借りられていれば、仲介手数料という収益が入ってくるわけです。どんなに古い建物で空室があっても、たまに空き部屋に人が入ってくれれば、収益が増えるので願ったり叶ったりです。
このように積極的な働きかけを行わなくても、町の不動産屋はとりあえず収入を得られるので、駅前などでじっとしていてもさほど困らず暮らしていけることになるのです。これが「町の不動産屋」の実態です。
そんな競争も何もない地域に強大な力を持った大手不動産業者が乗り込んできて、見る見る間に、本当は商売になったであろう不動産を奪われてしまい、最終的にその一帯は大手が扱う物件ばかりに偏ってしまうのです。町の不動産屋はどんどん追いやられ、手持ちの物件もいつの間にか失い、気がつけば負債だけを背負って倒産する。これが、中小不動産業者が生き残れない現代の業界事情です。