今年1月、厚生労働省は、医師の残業時間の上限を年1900時間~2000時間とする新制度の導入を提案しました。医師の過重労働が問題視されているなか、この措置は「働き方改革」ではなく「現状の合法化」であると、一般社団法人全国医師連盟・代表理事の中島恒夫氏は伝えます。

「自分の病院が潰れると困る」という管理者からの声

私たち全国医師連盟は、2008年の設立以後、診療環境改善のために様々な提言をし、活動してきました。「医師の働き方改革に関する検討会」(以下、検討会)を通して、勤務医の過酷な労働環境を国もようやく見直してくれるのかと期待しましたが、残念ながら勤務医の期待を裏切る会が22回も開催されました。

 

検討会でのこれまでの議論を要約すると、

 

① 国の方針で働き方改革を推進する、

② 「自分の病院が潰れると困るので、今の働き方は最低ライン」という病院管理者団体や厚生労働省からの意見がある、

③ 応召義務(※)があるので、医師の労働時間を減らすのは公共の福祉に反する、

(※ 医師法第19条「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という記載事項のこと。しかし、③のような考え方が誤りであることは、再三指摘されている)

④ とはいえ、何もしないのは問題なので、15年先まで問題を先送りにしよう、

⑤ そして、現状は「働き方改革的に問題」なので、現状を合法化させよう、

 

という話でした。

 

全国医師連盟を設立してから、この11年間に、過重労働によって心身を蝕まれ、休職を余儀なくされたり、また最悪の場合、病死や自死してしまう勤務医を何人も見聞きしてきました。

 

検討会でも触れていますが、約1割(約2万人)の勤務医が年1860時間以上の残業を強いられています。特に、現在の日本の急性期医療は、「2度過労死できる過重労働」を強いられている勤務医によって維持されています。それを今後5年間も放置し、その後の10年間で改善する、というのが検討会の基本方針です。流石に呆れます。

 

勤務医の過重労働問題が長らく表面化されなかった理由は、勤務医が「労働者」であり、また「国民」であるという当たり前のことを、すべての国民が認識してこなかったことにあります。

 

「医師の健康をしっかりと確保すること」と「地域医療の提供体制を確保すること」を両立させなければならないと、様々な構成員が検討会内で何度も発言していました。ところが、「医師の健康をしっかりと確保すること」と「地域医療の提供体制を確保すること」は、相反します。これらを両立できれば、非常に素晴らしいことです。

 

残念ながら、現在の医師不足の状況では、「医師の健康をしっかりと確保すること」と「地域医療の提供体制を確保すること」は両立できません。1983年に吉村仁厚生省保険局長(当時)が発表した、「医療費の増大は国を滅ぼす」という医療費亡国論を根拠に行った医師削減政策を始め、厚労省が人材育成を疎かにしてきたことが医療崩壊の原因であることは、もはや常識です。

 

医療提供体制の構築が厚労省や行政の担当である以上、その提供体制に関する責任を第一に負うべきであるのは、厚労省やその担当官僚、行政です。また、医師削減政策を追認してきた病院管理者団体の責任も重大です。検討会の構成員がこのような問題の本質に関して発言しない理由がわかりません。

 

検討会構成員である病院管理者団体の代弁者の本音は、ハッキリいえば、「労働基準法違反を前提にしなければ病院を経営できない」ということでしょう。であれば、そのツケを自分の病院の勤務医ではなく、行政に対してぶつけるのが「筋」です。法律違反を前提とした労務体制でしか医療を提供できないのであれば、病院管理者団体が最初にすべきことは、厚労省にこれまでの失政を認めさせ、国民に謝罪させることでしょう。

 

「現状は致し方ない」という結論から離れられない病院管理者は、病院経営の資質が欠落していると自白しています。一般的な会社経営者であれば、「法律違反を前提としなければ経営ができない」という状態になる前に手を打ちます。現状を容認する発言しかしない病院管理者団体の代表者が検討会に居並ぶことは、非常におかしなことです。

 

厚労省がこれまでの非を認めず、法を捻じ曲げ、同じ失敗を何度も繰り返し、その失敗のツケを勤務医に払わせることは、責任のない人に責任を押し付けるイジメです。厚労省が失敗を認めなければ、話を進めることはできません。

 

過重労働によって心身を蝕まれる医師が後を絶たない
過重労働によって心身を蝕まれる医師が後を絶たない

働き方改革を進めなければ日本医療は崩壊する

今、勤務医の働き方改革で必要とされるのは、臨床の最前線で若手医師と一緒に働く医師だけではありません。効率的かつ効果的に病院を経営でき、少ない医師数で実現可能な医療提供体制への改革ができる人材です。医師の働き方改革で最も効果的な一手は、病院マネジメントについての抜本的な法改正です。

 

労働集約型ビジネスである病院経営では、人材管理や労務管理は最重要課題です。検討会でのこれまでの議論は、「医師という貴重な人材を使い潰してでも、現状を何とか維持させたい」という発言が非常に多いです。貴重な人材である勤務医や次世代を支える若手医師を守ることを、誰も真剣に考えていません。

 

 

医師数が絶対的に不足している現状で、人材を使い潰す選択肢を提示すること自体が無謀であるのは、誰の目にも明らかです。自ら変わろうとしない病院管理者に、医師の働き方改革ができない理由がそこにあります。

 

私たち全国医師連盟は医師増員を主張してきました。時限立法ではあっても、2008年から医学部入学者数は増加しましたが、10年経過しても、実臨床現場では医師が増えた実感がまだありません。今後も医師を増員する施策が必要であると考えています。労働時間ベースで計算すれば、必要な最低医師数もわかるはずです。

 

検討会での取り決め事項は、2024年までは経過措置として実効力を持ちません。そこで、私たち勤務医は、過労死しないための自衛手段を持つ必要があります。今回は簡単ですが、3点説明します。

 

① 労働契約書を取り交わす

 

労働契約書を見たことないという勤務医も多いでしょう。勤務医は労働者です。是非、労働契約書を取り交わしてください。

 

労働契約とは、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意すること」です。労働契約法第6条に規定されている法律用語です。

 

労働契約は口頭でも成立しますが、労働条件の明示が義務化されています。もし、給与や労働時間などを書面で提示されていない場合は、法律違反です。提示しない病院管理者は処罰の対象となります。

 

労働条件を書面に記した契約書が「労働契約書」です。労働条件の内容は、労働基準法で定められています。これらはインターネットですぐに調べることができます。過労死しないための自衛手段ですので、皆さん自身の労働契約書を、是非一度は見てください。

 

② 年棒制について

 

給与体系が年俸制になっている勤務医は多いでしょう。ところが、勤務医自身もよく勘違いしています。年棒制は固定給ではありません。年俸制とは、「契約範囲のなかの業務について、その金額で働く」という契約です。

 

当然ですが、残業代や休日手当、夜間手当などの時間外手当が発生します。「年棒制であれば何時間でも働いても問題ない」という病院管理者もいますが、それは間違いです。年俸制に疎い病院管理者もいますので、もし労働契約時に年棒制であった場合、時間外手当について質問してください。

 

「年棒制≠定額使い放題」です。医師はスマートフォンではありません。働いた分だけ、賃金をきちんと払ってもらいましょう。そうすれば、経営者は残業を好ましくないものと考えます。

 

③ 相談者を外部に作りましょう

 

勤務医の多くは患者さんのために、日夜、身を削って働いています。求められ、提供するなかで、それが過酷な勤務であっても、自分が頑張ればと考えてしまう方が非常に多いです。

 

しかし、長時間労働が続くと、徐々に思考力が低下し、医療事故につながりかねません。その上、自身の健康を損ねてしまうことも少なくありません。労働基準監督署などに相談するのも1つですが、ご家族・ご友人と小まめに相談をしたり、全国医師連盟や、医師ユニオンといった団体に相談することも1つの方法です。1人で悩むことが、一番よろしくない選択です。

 

同僚と相談しても、苦しい環境に2人で嵌まり込み、抜け出せなくなることもあります。先輩上司に相談したら説教というパワハラを受けたなんて話もあります。仕事から少し離れた理解者を得ようという意識があれば、大丈夫でしょう。キーワードは「1人で抱え込まない」です。

 

【最後に】

 

私たち勤務医が地域医療を支えています。勤務医が過重労働で心身を壊され、過労死すると、その後任として誰がその病院に、その地域に赴くでしょうか? 仲間を失いたくはありません。取るべき自衛手段を持ちつつ、本当の意味での医師の働き方改革を目指しましょう。

 

 

中島 恒夫

丸子中央病院 消化器内科医

一般社団法人全国医師連盟 代表理事

 

本連載は、医療ガバナンス学会のメールマガジンを転載したものです。記載されているデータおよび各種制度の情報はいずれも執筆時点のものであり、今後変更される可能性があります。あらかじめご了承ください。

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