何度もブームを繰り返し、今や生活に定着した感のあるワイン。一方、欧米に目を向けると、ワインは株式や債券と同じように投資対象として人気を高めているという。本連載では、ワイン研究の第一線で活躍する堀賢一氏が、ワインマーケットの現状と今後の見通しについて解説する。今回は、数量的にワイン投資の主戦場となっている、ボルドー先物について紹介する。

購入から2年後に現物が届く「ボルドー先物」

ワインの先物取引とは、生産者が適切な樽熟成・瓶詰めの後で引き渡すことを条件として、まだ醸造段階にあるワインを、ブローカーを通じて世界の流通業者や消費者に販売するもので、事前の代金決済をともなう予約販売と考えることができます。1970年代までのボルドーでは、まだブドウが収穫されていない段階や、ブドウが結実する以前に、そのヴィンテージの先物を売買することが一部で行われていましたが、あまりにも投機的であることから、こうした「シュール・スシェ」と呼ばれる青田買いは現在では行われていません。

 

1970年代のオイルショックやそれにともなうインフレ、ワイン価格の暴落を経て、経営環境の悪化したボルドーでは、キャッシュ・フローの改善のために樽熟成中のワインを先物で販売することが日常化し、現在でも多くのシャトーは収穫の翌春に樽からのサンプルをブローカーやジャーナリストに試飲させ、彼らの意見を聞き、市場動向を見ながら、先物で販売するワインの量とブローカー向け売り渡し価格を公表しています。

 

高金利政策が取られていたフランスで、最長24ヵ月におよぶワインの樽熟成にかかる金利負担はワイナリー経営に重くのしかかる一方、低金利政策が取られていた米国や日本では金利分を考慮しても、ワイン出荷後に市場で購入するよりも格安で入手できる可能性が高かったため、1990年代後半には輸入業者や小売店、高級レストランだけでなく、輸入業者を介して消費者もボルドー先物を購入するようになりました。

 

一般に、先物を購入した流通業者や消費者は、ただちにワインの代金決済をボルドーのブローカーに対して行う必要があり、翌々年の春に、瓶詰めされたワインを輸送費や通関手数料、関税、酒税、消費税などを支払って引き取ります。日本の輸入業者や小売店を通じて購入し、ブローカーのマージンを含む代金決済や輸入業務を代行してもらう場合は通常、シャトーのオファーから50~100%増しとなります。

 

たとえば2016年ヴィンテージのシャトー・ラフィット・ロートシルト(第1回オファー価格455ユーロ※当時の為替レートで約55,000円)の先物は、東京のワインショップで1本あたり90,000円(消費税抜き)程度で販売されていました。

 

先物購入の利点は、シャトー・ペトリュスに代表されるような生産量が極端に少なく、市場に流通後の入手が非常に困難なワインを購入できることで、また、世界経済が上り坂にある時代には、先物によってより安価に購入できる可能性があります。

 

ごく一部のブルゴーニュの生産者も、先物で生産量の一部を売り出すことがありますが、こちらは希少なワインの入手を確実にする目的で売買されており、現物出荷時と大きな価格差があるわけではありません。

ワインが届かない…ボルドー先物「購入のリスク」

ミレニアムとして鳴り物入りで登場した2000年ヴィンテージが売り出された2001年春以降、日本においてもボルドー先物の購入を呼びかけるさまざまな広告を見かけるようになりました。しかしながら、こうした新しい取引形態の常で、そのリスクについてはほとんど語られていません。消費者は「代金を支払ったのに2年後にワインが届かない」ことが起こるとは夢にも思っていないようです。

 

日本の消費者がボルドー先物をワインショップから購入する場合は一般に、ワインショップが輸入業者に発注し、その輸入業者がボルドーのブローカーに、そのブローカーが各シャトーに発注するという形態を取ります。ワインの現物が消費者に届く2年間で、これら中間に介在する業者のどれかが債務超過で倒産すると、ワインの到着は困難になります。

 

実際、1990年代初頭に日本でボルドー先物を仲介した会社が倒産し、顧客はワインを受け取ることができず、もちろん代金も返却されませんでした。当時からすでに消費者の先物購入が一般化していたイギリスや米国では、これが社会問題となりました。

 

日本の業者からボルドー先物を購入する場合は、その会社の財務状況に注意すべきで、また購入契約書で、売り手の会社が破綻しても購入者にワインが届くようになっているかどうかを確認する必要があります。

先物購入が必ずしも「安い」とは限らない

一般に「先物で購入した方が安い」といわれていますが、すべての収穫年のボルドーのトップ・シャトーがリリース後に値上がりする訳ではありません。

 

1972年や1984年ヴィンテージでは、不作年にもかかわらず、旺盛な需要を背景に生産者が過度のオファー価格を提示したため、リリース後にワインの価格は低迷し、先物で購入した消費者には逆ザヤが生まれてしまいました。

 

ボルドーワイン高騰の起点となった1995年は素晴らしいヴィンテージで、先物価格には割安感があり、投資向きのヴィンテージとなりましたが、1996年はやはり良作年だったものの、先物価格は高めでした。1997年は並の品質にもかかわらず、1996年を上回るプリムール価格が提示され、トレーダーは損失を被りました。近年では2007年ヴィンテージが同様で、2008年春に先物で購入した消費者は、2010年に店頭に並んだ現物の値札を見て、愕然としていました。

 

ボルドー先物で注意すべきなのは、投資の対象となりやすい第1級シャトーに通常、1万5千ケースを超えるような潤沢な生産量があるため、「希少性」を欠いているという事実です。そのため、「偉大なヴィンテージ」かどうかだけでなく、「先物での価格が妥当かどうか」を注意深く検討する必要があります。

 

先物での購入と現物での購入のどちらが得かに関しては、需給要因によるワインそれ自体の価格のみならず、先物購入時点とその2年後の景気や為替、金利の状況の違いによっても大きく異なるため、事実上その評価は困難です。

 

このような状況であるにもかかわらず、ボルドー先物で毎年毎年、大量のワインが売買されているのは、ブルゴーニュやシャンパーニュと異なり、投資ファンドがほぼ制限なくワインを購入できるからです。しかも、収穫の翌年の春に先物で購入し、購入したワインの現物が出荷される2年後までに売却すれば、ワインを保管する必要もありません。

ボルドー先物…狙うべき銘柄は?

筆者自身は、業務としてボルドー先物を1990年ヴィンテージから売買してきた一方、個人としても1995年ヴィンテージから購入してきました。日本で、投資を目的としてボルドー先物の購入を検討している方々には、以下のような提言をしています。

 

・毎年購入しようとするのではなく、最良年のヴィンテージの最良のワインのみ購入する。

 

 ・先物の価格を、すでに現物が出荷されている同等のヴィンテージの流通価格と比較し、7割程度未満で購入できるものに絞る。たとえば2020年春の段階で2019年ヴィンテージが最良年の評価を得たとしたら、トップ・シャトーの先物売り出し価格を、2016年や2015年ヴィンテージ(共に最良年)の同じワインの楽天市場での最安値と比較する。

 

 ・日本は保管コストが高いので、効率的に資金を運用できるよう、第1級シャトーや右岸のトップ・シャトーに代表される、高額ワインに絞る。

 

・同じ条件であれば、銘柄は流動性の高い、簡単に買い手の見つかる銘柄を選ぶ。たとえば、シャトー・ラフィット・ロートシルトとシャトー・オー・ブリオンが同等の評価と価格であれば、ラフィットを選ぶ。

 

・ ソーテルヌやバルザック等の甘口ワインは流動性が低いため、シャトー・ディケムを除いては手を出さない。

 

・ワイン・アドヴォケート誌でのプリムール評価が(98-100)となっている場合、先物価格は100点ワインとなることを織り込んで、高額となっていることが多い。このワインが出荷後の確定評価で100点にならないと、現物の店頭価格は先物価格を下回ることがある。そのため、(98-100)や(96-100)と評価されているワインの場合は、先物で購入するよりも、収穫から2年後の12月に発表される確定評価を確認してから購入を検討した方が、投資リスクが低い。

 

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