何度もブームを繰り返し、今や生活に定着した感のあるワイン。一方、欧米に目を向けると、ワインは株式や債券と同じように投資対象として人気を高めているという。本連載では、ワイン研究の第一線で活躍する堀賢一氏が、ワインマーケットの現状と今後の見通しについて解説する。今回は、ワイン投資における成功例や失敗例、投資のコツについて検討していく。

なぜ「ワイン投資ファンド」は失敗するのか?

ボルドー・プリムールが高騰した1990年代後半から、欧米では機関投資家の参入が目立つようになりました。出資者を募ってボルドー先物等を購入し、価格が値上がりした時点で売却して、利ざやを出資者に配当するという、投資ファンドの形態でしたが、その多くはすでに破綻しています。日本においてもVIN-NET(ヴァンネット)というワイン投資ファンドが2000年に設立され、言葉巧みに投資家を募っていましたが、途中から自転車操業に陥り、2016年に破綻しました。

 

投資ファンドが失敗した理由は非常に単純で、不作年のヴィンテージや投資向きでないヴィンテージであっても、ファンドの固定費を払い、ファンドを存続させるために、毎年毎年出資者を募り、ワインを購入する必要があったからです。しかも、当該ワインの売り出し前に出資者を募る必要があるため、出資のタイミングでは、まだワインの価格はまったく決まっておらず、品質を確認するためにワインを試飲することもできませんでした。

 

たとえば、2019年ヴィンテージのボルドーのトップ・シャトーのワインは、2020年4月の第1週にジャーナリストおよびバイヤー向けに現地で試飲が行われ、その直後に価格が発表されて売り出しが始まります。この売り出しに間に合わせるためには、投資ファンドは2019年秋には出資者の募集を始める必要があり、出資者はワインの質や価格についての情報が手に入らない状態で、出資を決めなければなりません。

 

将来的に大幅な値上がりが期待できるワインは、最良年の最良の銘柄に限られます。しかしながら、最良年はボルドーにおいてもブルゴーニュにおいても、10年間に2回程度しかありません。しかも、生産者からの売り出し価格は、不作年だからといって値下がりすることはほとんどなく、むしろ世界的な景気や、最大の輸出市場である米国のドルとの為替レートに強い影響を受けます(不作年であっても、ユーロに対してドル高が進んでいれば、ボルドーの生産者はユーロ建ての売り出し価格を上げることがある)。

 

つまり、投資向きのヴィンテージというのは、10年間に2回程度しか来ない最良年というだけでなく、米国をはじめとする世界的な景気が低迷して、生産者の売り出し価格が低く抑えられている年、ということになります。

 

具体的には、2008年9月のリーマン・ショック前後にリリースされたブルゴーニュの偉大な2005年ヴィンテージは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ社(DRC)のワインでも比較的購入が容易で、現在は流通価格が3倍以上に値上がりしています。

 

個人の投資家が投資ファンドよりも有利なのは、ワインの品質や価格、市況を確認してから機動的に素早く購入できることで、10年間のうち9年は手を出さず、投資向きの最良のヴィンテージが来るのを待って投資できる点です。ファインワイン投資では、毎年毎年購入しようとするのではなく、投資向きの最良年の最良のワインのみ購入することが肝要です。

 

投資向きの最良年の最良のワインのみ購入
投資向きの最良年の最良のワインのみ購入

「評価が確立していない銘柄」を避ける

自分で楽しむために購入する分にはまったく問題ないのですが、再販や投資を視野に入れてワインを購入する場合は、一時的な流行のものに手を出すべきではありません。たとえば、現在の日本市場では「自然派ワイン」と呼ばれる、可能な限り醸造添加物を排したワインが人気を博していますが、10年後もこうしたワインに需要があるかどうかは未知数で、また、こうしたワインが10年を超える熟成によって酒質を向上させるかどうかは甚だ疑問です。

 

日本でだけ局所的に人気が出ているワインも高リスクです。2000年代初頭に日本のワイン雑誌で華々しく紹介されたメッソリオやラ・リコルマといったイタリア、トスカーナ州のメルローは、同じ1990年代後半のヴィンテージが、当時の店頭価格の半額程度で購入可能です。その一方で、同じトスカーナ州のメルローでありながら、すでに評価の確立していたマッセートは、当時の5倍以上にまで価格が上昇しています。

 

同様にして、鳴り物入りで市場に登場した「新しい銘柄」も注意が必要です。1990年代後半にシンデレラワインとして市場に登場したシャトー・ヴァランドローやル・ドームの初期のヴィンテージを購入したコレクターは、深刻な値下がりに直面しています。バローロ・ボーイズと呼ばれる、フルーティなスタイルのバローロを醸造してアメリカ市場で熱狂的に受け入れられた生産者たちのワインも、再販価格の点ではジャコモ・コンテルノやブルーノ・ジャコーザといった古典的な生産者にはまったく及びません。

 

投資向きのワインというのは、「高品質のワイン」というだけでは不十分で、「二次市場(リリース直後の一次市場に対する、熟成後の取引市場)で常に需要がある」ことが重要です。筆者は個人的に、前職の関係でカリフォルニアワインを大量に保有しているのですが、残念ながら熟成したカリフォルニアワインに対する需要は少なく、20年熟成させたワインもほとんど値上がりしていません。銘柄の選択に際しては、過去20年以上にわたって価格が上昇した実績のある、奇をてらわないスタンダードを選ぶことをおすすめします。

世界のスタンダートとは異なる「日本市場の特殊性」

個人投資家が日本国内で管理しているワインは、日本国内で売却することが前提となります。香港やイギリス等のオークションで売却することも不可能ではありませんが、手続きが煩雑で、輸出業者に手数料を払う以上に高値で売却可能かどうかは疑問が残ります。事実上、個人が米国に再販目的でワインを輸出するのは不可能な状況です。

 

世界のファインワイン市場からみると、日本市場にはいくつかの特殊な傾向がみられます。そのため、投資にあたっては、日本市場で高価格で取引されやすい産地や銘柄に絞って購入することが重要です。いくつか、主要なポイントを列挙してみます。

 

■「ブルゴーニュ」と「シャンパーニュ」に人気が集中

日本では、ブルゴーニュとシャンパーニュが世界市場よりも高値で取引されている一方、イタリア産やスペイン産等、フランス以外のワインは再販市場ではあまり人気がなく、流動性も低いままです。また、カリフォルニアワインはリリース価格が高めである一方、長期間ボトル熟成させてもあまり価格が上昇しないため、避けるべきです。

 

投資を念頭にワインを購入する場合は、ブルゴーニュとシャンパーニュ、ボルドーのトップ銘柄に絞り、フランスであってもローヌやアルザス、ロワールは避けた方が賢明です。シャンパーニュのトップ銘柄にはクリスタルやクリュッグ、ブルゴーニュのトップ銘柄にはドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティやドメーヌ・ルフレーヴ、ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエやドメーヌ・デ・コント・ラフォンなどが含まれます。

 

フランス・ブルゴーニュのブドウ畑
フランス・ブルゴーニュのブドウ畑

 

■「マグナム・ボトル」「ダブル・マグナム」は嫌厭される

 米国や英国でのワイン投資では、ボトル熟成期間の長さから、マグナム・ボトルやダブル・マグナムといった大容量のボトルが投資向きとされ、750MLボトルよりも割高で取引されています。しかしながら、こうした「ラージ・フォーマット」が消費されることの少ない日本では敬遠されることが多く、オークションにおいてもあまり高値がつきません。日本で再販する場合はむしろ、750MLボトルでの購入を検討すべきです。

 

■輸入業者の次第で、再販価格が高くなることもある

ワインを日本国内で購入する場合は、裏ラベルやネックラベルに表示されている輸入業者名を確認しましょう。独占輸入代理店制度が取られていないボルドーのトップ・シャトーでは、量販店や無名の業者が輸入したワインよりは、著名なワイン専門商社が輸入したボトルの方がより高い価格で再販可能です。

 

独占輸入代理店制度が取られているブルゴーニュやシャンパーニュの場合は、ファインズやラック・コーポレーション、エノテカやヴァン・パッションといった正規輸入代理店が扱ったボトルの方が、並行輸入品よりも高額で取引されます。具体例を挙げると、正規輸入代理店である株式会社ファインズ(サントリーワインインターナショナルの子会社)が輸入したロマネ・コンティは、並行輸入の同ワインよりも10〜20%高額で取引されています。

 

■再販価値の残存期間に厳しい

ワインには再販価値の残存期限が存在し、特に日本市場において顕著です。ファインワインの場合は一般に、収穫から20年後程度までは希少価値が増して二次市場での価格が上昇しますが、その後はあまり価格が上昇しないまま推移し、ワインが飲み頃のピークを過ぎる30年後を超えると、価格は下降線をたどるようになります。投資の利回りを考える場合は、熟成のピークに達する20年後程度を売却のタイミングの目安とするのがよいでしょう。

 

■「単品」よりも「セット」のほうが高価格になる場合がある

ボトル単品で売却するよりも、特定のテーマに沿ったセットとした方が、高価格で取引されることがあります。たとえば、シャトー・ラフィット・ロートシルト2000年ヴィンテージ5本をオークションに出品するよりも、同ワインを含むボルドー1級シャトー(ムートン、ラトゥール、マルゴー、オー・ブリオン)の同ヴィンテージを1本ずつ5本で売却した方が、高価格での売却を期待できます。購入時点での価格も、ラフィット5本を買うよりも概ね安くなります。これは、ファインワインのヘビー・ユザーが、このようなセットで並べて比較試飲したいという願望をもっているからです。

 

同様にして、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ社の7つの特級畑の赤ワインの同一ヴィンテージをセットにしたり、ドメーヌ・ルフレーヴの同一ヴィンテージの特級畑と一級畑の白ワイン10種類をセットで集めることも可能ですし、ムルソー・ペリエールの優秀な6つの生産者の同一ヴィンテージを6本セットにすることもでき、組み合わせは無限です。

 

 

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