何度もブームを繰り返し、今や生活に定着した感のあるワイン。一方、欧米に目を向けると、ワインは株式や債券と同じように投資対象として人気を高めているという。本連載では、ワイン研究の第一線で活躍する堀賢一氏が、ワインマーケットの現状と今後の見通しについて解説する。今回は、ワインのブランドはどのように守られているのか、みていこう。

ワインの品質を保つ「格下げ」「格落ち」

ワインの品質を重視する生産者は、質の劣るロットを自社ブランドにブレンドせず、バルクでブローカーに売却したり、セカンドワインに回したり、ワイン法上は保証されている原産地統制呼称を敢えて名乗らず、格下のワインとして出荷することがあります。

 

■格下げ

ボルドーのトップ・シャトーの多くでは、収穫の翌春に樽熟成中のワインを試飲して、その樽を「シャトー・オー・ブリオン」といった生産者名を冠したシャトー・ワインとするのか、それとも「ル・クラレンス・ド・オー・ブリオン」のようなセカンドワインとするのか、または樽のままネゴシアンに売却してしまうのかを決定します。

 

幸運なことに、かつてボルドー大学のエミール・ペイノー教授がコンサルティングしていた格付けシャトーで、オーナーの立会いの下、教授とセラーマスターのこのバレル・サンプリングのお手伝いをさせていただいたことがあるのですが、教授やセラーマスターが何を基準に「シャトー・ワイン」とか「セカンドワイン」と決めているのか、当初はほとんど理解できませんでした。しかしながら、試飲が終わったあとで、選別されたシャトー・ワインとセカンドワインのサンプルを比較して強く感じたのは、フランス人が「グラ」と呼ぶ、凝縮度の違いでした。

 

ボルドーの格付けシャトーのように、長い歴史をもつブドウ畑では、「どの区画から、どういったスタイルのワインが生まれる」ということがすでに熟知されており、そうした経験に基づいて収穫や醸造が特定の区画ごとに行われるため、水捌けの悪い区画や、植え替えたばかりで樹齢が低く、凝縮味に欠けるワインを生産しがちな区画は、最初からシャトー・ワインにはブレンドされないことがほぼ決まっています。これに対し、秀逸なワインを生産可能なブドウ畑の歴史が浅く、栽培や醸造担当者の移動が激しい新世界では、こうした選別はまだ手探りの状態です。

 

■格落ち

生産者名によってワインが認知されているボルドーのトップ・シャトーと異なり、一般消費者レベルではいまだに原産地呼称がワイン名として取り扱われているブルゴーニュでは、「格落ちワイン」はまったく異なる意味をもっていました。

 

カスケード・システムは、1974年に廃止されたフランス原産地統制呼称法上の収量に関する取り決めで、カスケードとは、階段状に連続する滝のことを指します。当時、ブルゴーニュの特級畑(グラン・クリュ)の規定最大収量は1ヘクタール(ha)あたり30ヘクトリットル(hl)でしたが、生産者はこうした生産制限に縛られることはなく、最大の収量を追求することができました。

 

仮に、特級畑の所有者が1ヘクタールあたり60hlのワインを生産したとすると、最初の30hlをグラン・クリュとして瓶詰めする一方で、一級畑(プルミエ・クリュ)や村名畑の最大収量35hlとの差である次の5hlを村名ワイン(または一級)として出荷し、さらに次の15hlをブルゴーニュ(最大収量50hl)、残りをテーブルワインとして販売することが可能でした。

 

このカスケード・システムは、法律上は1974年ヴィンテージ以降のワインに関して廃止され、これ以後、規定最大収量を上回ったワインは蒸留が義務づけられたのですが、筆者が1980年代にブルゴーニュの生産者を訪問したとき、「ラベルにはブルゴーニュとしか書いてないけど、中身はシャンベルタン(の格落ち)だからね」とお土産をもらったのを覚えています。実際そのワインは、そのドメーヌで飲んだシャンベルタンと同じ味がしました。

 

一方、カスケード・システムの廃止にともない、各原産地統制呼称での基本収量は政治的に積み増しされ、さらに、PLC*1と呼ばれる追加収量が不作年でない限り20%は認められるようになりました。1999年ヴィンテージのブルゴーニュでは、このPLCが40%まで認められ、基本収量が35hl/haのシャンベルタン(特級畑)の最大収量は、49hl/haまで上昇しています。

 

*1PlafondLimitedeClassement:年ごとの天候や市況に応じて設定され、基本収量に上乗せされる割り増し収量の上限。

 

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