継続投資の目的は、収益計算の精度向上と収益率の改善
以前(関連記事:『節税効果も高まる!不動産「継続投資」のスゴい効果とは?』、継続投資(=メンテナンス)とは長期的には低下していく資産価値をコントロールする役割があることを解説しました。資産価値をコントロールすることの目的、メリットは、以下の2点だといえます。
・賃貸不動産への投資判断を間違わないよう、収益見込みを精度よく見積りする効果
・「攻め(修繕により価値向上を狙う)」と「守り(修繕により価値低下を防ぐ)」を使い分けることで資産価値を最大化する効果
メンテナンスを費用とだけ捉えるのではなく、資産価値を最大化するための投資と考えることで、建物は経年劣化するという、物件固有の状況に応じた最善の打ち手を検討する価値が出てくるのです。
資産価値の最大化に繋がるメンテナンスには、資産価値に付加価値をもたらす「攻め」と資産価値の低下を防ぐ「守り」の意味を持つメンテンナンスがそれぞれ存在します。攻守をバランスよく組み合わせ、物件に応じたプランを作成することが最大のリターンをもたらしてくれるのです。
「建物」と「歯」の価値最大化のサイクルは一緒
筆者の勤務する会社では、老朽化する社会インフラに対する維持・補修の仕事を主業務としていますが、実際にどのような仕事なのか、イメージしにくいといわれます。そこで説明の際には、「維持・補修の仕事は社会インフラの歯医者さん」という表現を使っています。ちょっと突拍子もない感じもありますが、構造物のライフサイクルと歯のサイクルは非常に似ています。
不動産の場合、新築をしてからまず必要となってくるのが「予防」です。歯の例えでは毎日の歯磨きや定期健診にあたります。お子さんに「歯磨きはなぜするの?」と聞かれれば「歯磨きしないと虫歯になっちゃうんだよ」と答えると思いますが、それはすなわち予防を目的としています。また、小学校の定期健診で歯のチェックをしてもらいますが、それは早めに虫歯の予兆や症状を見つけて治療することが目的となります。
この予防や点検は、構造物のメンテナンスにおいては維持や点検といわれる領域に該当し、キホンの「キ」というべき大事な項目となります。この維持・点検をしない状態とは、歯磨きをしない状態の子どもと同じで非常に危うい状態だと言えます。
賃貸不動産における歯磨き(=維持)や点検とは、配管の定期洗浄や外壁にまつわるメンテナンスとなります。配管洗浄をしなくてもすぐには致命傷となりませんが、配管内部に汚れやサビが付着することで、配管内径が小さくなり配管自体に余分な圧力が加わっての破損や、閉塞による逆流や水漏れによって緊急工事が必要となり大きな出費となります。定期的に配管洗浄をした方が、コストも抑えられる可能性は高く、配管からの臭いも抑えられ、居住者の満足度も大きく向上することに繋がります。
外壁に関しては、見た目のためのメンテナンスというよりは漏水を防ぐためのメンテナンスが重要となります。構造物にとって木造でもコンクリート造でも共通となる最大の敵とは漏水です。水が表面から構造物内部に浸透することで、木は腐り、コンクリートは鉄筋が腐食しコンクリートのひび割れ促進による脆弱化が加速します。
虫歯が発生すれば悪い部分を削ったり埋めたりという治療をしますが、構造物においても漏水が起きれば、その原因となる壁のひび割れを補修します。補修では、ただひび割れを埋めるのではなく下地処理といわれる事前処理を施してからひび割れを閉塞する処理を行うという、歯の治療と同じような工程が必要となります。
そして、虫歯も進行が止められずに部分的な治療が間に合わなくなれば、抜いて部分入れ歯で対応したり、インプラントで対応したりと、更新治療を行います。それと同様に、構造物でも大規模な補修よりも安価に済む場合もあれば、壊したり除却を行ったりして新しいものと取り換え更新を行います。最終的には建物すべてを取り壊し新築する、という解体・新築というのも更新の1つです。
リフォームを始めとした、補修作業は目に見える取替作業の前段に多くの作業工程が隠れています。そのために、費用が高額となることが多く、費用対効果を見極めるのが最も難しい判断を迫られます。目に見えにくい作業工程が多いことが原因で、不当に高い費用を提示されるケースも多く、信頼できるパートナーに依頼することが重要になります。
治療内容が過剰でなく、技術も確かなかかりつけの歯医者を持つことは、みなさんの健康のために重要なことと同じように、自身が所有する不動産に対しても信頼できるかかりつけのパートナーを持ち、予防・保全・補修・更新の相談を総合的に進めていくことが、物件価値を高めることに貢献してくれます。
継続投資には「攻め」と「守り」が存在する
メンテナンスには予防・保全・補修・更新といった種類が存在すると説明しましたが、その性質を分解してみると、攻めと守りに分けることができます。攻めのメンテナンスとは「今すぐにやらなくても困らないこと」であり、守りのメンテナンスは「今すぐにやらないといけないこと」とイメージしてもらえればわかりやすいでしょう。
漏水が発生した、ボイラーが故障した、共用部の手すりが破損したといった……と、目に見える不具合が発生した場合は、否応なくその対処が必要ですし、「やる/やらない」の選択肢はありません。一方で、配管洗浄や外壁洗浄といった予防・保全に該当する項目は、緊急性は低く「やる/やらない」の判断が自由にできる項目となります。
賃貸不動産運用とは「経営」そのもの
企業経営において重要なことの一つに「どれだけ生きたお金を使えるか」があります。高度経済成長期には、欧米を見本とした答えを参考に効率重視の経営が成果をあげましたが、答えのない現代では、成長に向けたお金の使い方が重要となっています。
しかし財務省の発表する法人企業統計で示されるように、企業の内部留保は増加する一方でお金の使い道を見いだせない企業の実態が透けて見えています。企業は利益を上げ、その利益を再投資することで次の成長を生み出すことが必要ですが、お金の使い方の難しさに直面している状況にあるといえます。
賃貸不動産の運用も、投資があって収益を生み出す構造です。投資にも様々な種類と効果があり、実に多くの検討項目が存在します。また、継続投資にはやらなくても困らない項目からやらなくてはいけない項目と、オーナーが判断すべき項目が多く存在することから、企業経営そのものであるといえます。
筆者が知っている不動産オーナーの多くが企業経営と同じ視点で物件ごとのプランを検討し実行していますが、コスト抑制に関するアンテナは高く、どうしたら安く内装工事ができるかなどのノウハウをたくさん有しています。守りの分野に関するコスト管理が得意なタイプが多い一方で、攻めの分野についての話は、圧倒的に聞くことが少ないと感じます。特に近年は不動産市場が盛況なため、仕入れ価格(物件価格)が高騰しているだけに、収益率は厳しさを増し、攻めのコストを考えることは、心理的にも難しい側面があるのでしょう。
それだけ予防・保全などへの投資は難しい分野ですが、将来価値のための投資を上手くコントロールできるオーナーとは、長期的なリターンを高める志向の方です。特に不動産投資は中長期運用が基本となることから、目先のコスト削減と共に長期的な攻めの投資に対しての検討が必要ではないでしょうか。