「今いる社員」一人ひとりを大切にする意義
今いる社員を辞めさせず、〝ちょっとの頑張りや工夫〟を引き出すことで、人材不足の問題は解決できるとお伝えしました。では、どうすれば社員に辞めずに生き生きと働いてもらえるのか──。そこで必要となるのが、本連載のテーマである「ご褒美」です。
利益の還元を通して社員の努力に報い続けることで、結果的に長く働いてくれるようになるのです。決して見返りを求めているわけではありませんが、利益を還元するほど、あくまでも〝結果として〟社員たちは会社のために頑張ってくれるようになります。これは私の経験から間違いありません。
マイナビの調査によると、企業が新卒採用で投じるコストは一人当たり約50万円でした。この金額は大手も中小企業も大差なく、仮に5人採用すれば250万円です。コストの内訳は、募集広告の出稿費や合同企業説明会への参加費、入社案内パンフレットや自社採用サイトの製作費、自社開催説明会の会場費など。大手には痛くもかゆくもない金額でしょうが、中小企業がこれだけの金額を捻出するのは容易ではないのは事実です。
さらに採用後の育成も必要ですから、頻繁に退職が続けば育てるためのコストと労力もばかにならないでしょう。せっかく教えても辞めてしまえば教育の努力が無駄骨になるばかりか、技術やノウハウの蓄積も一向に進まなくなってしまいます。
辞めるから足りなくなり、足りない人材をこの採用難の時代に新規募集で補おうとするから苦しくなるので、それなら今いる社員に辞めずに長く働いてもらえれば、そもそも人材不足に陥ることはないはずです。
ですから、資金は「今いる社員」に使うべきではないでしょうか。事実、私の会社では社員が長く働いてくれるので人材不足を感じたことはありません。本当にありがたいことです。
会社経営にとって最も大切なのは「社員を今以上に幸せにすること」。社員一人ひとりの頑張りがあるからこそ、会社が長く存続・発展していけるのです。
私はこの感謝の気持ちを忘れないため、自宅の床の間に「願う、社員の幸福」と墨書した掛け軸をかけ、その文言を毎朝大声で12回唱えてから出社することを続けています。
もちろんお得意先や仕入先、出入り業者の方々も大切であることに変わりはありませんが、やはり経営者として最も大切にしなければならないのは「今働いてくれている社員一人ひとり」です。社員が仕事や私生活に幸せを感じながら頑張って働き、おいしいお菓子をたくさん売ることで、その幸せな気持ちが得意先、仕入先、出入り業者の方にも波及します。
周りに幸せが広がっていくと社員は今まで以上に幸せを感じながら働けるようになり、会社の業績もますます良くなり、社業をさらに発展させられるようになります。そうなるとさらに多くの幸せを社会全体に与えるようになるでしょう。
社員を幸せにすることが顧客や社会のためになり、顧客や社会が良くなることで社員の幸せも増していく──。こうやって社員を今以上に幸せにしながら社会に貢献していくことが経営者の本来の夢であり、大きな使命であると言えます。
社員の働きぶりに関わらず「ご褒美」を用意すべきか?
では「社員の幸せ」とは何か。会社の責任としては第一に雇用です。社員は毎日安心して働ける場所があり、毎月給与が支給され、賞与も確実にもらえてこそ生活を成り立たせ、夢や希望を持てるようになります。
ですから経営者は社員が安心して働ける場を提供できるよう健全経営を心掛け、会社を存続させなければなりません。たとえ経営が苦しくなったとしても、経営者には自らの身を切って社員を守る覚悟が求められます。
このように雇用を守る義務を果たしたうえで、さらにもっと社員に幸せになってもらうための方法が「ご褒美」です。私の会社では、創業からの半世紀以上にわたり、これでもかというほどの報奨制度を用意してきました。2018年度の「ご褒美リスト」(図表参照)だけでもかなりの数と金額です。中小小売業や卸売業でこれほどの「ご褒美」を用意し、実践しているところはなかなか無いのではないでしょうか。
これらの「ご褒美」は、ただ何の考えもなしに出しているわけではありません。もちろん、一番の目的は社員に喜んでもらうことですが、人を喜ばせるというのは案外難しいもので、何か贈り物を渡しても、その背景に何かの理由がなければ大きな喜びを得ることはできません。そこで、私は「ご褒美」の渡し方について、いくつかの決まり事を設けています。
この決まり事を守っていれば、業種業態、役職、雇用形態にかかわらず、必ず喜んでくれることでしょう。そして、会社や仕事に対して感謝をし、少しずつでもできる範囲でお返しをしたいと、日々の業務を頑張ってくれるはずです。
そうすることで、より成果が上がり、利益が増え、それを社員に還元することでまた社員が頑張るようになり・・・といった、好循環が生まれていくのです。
法則 「ご褒美」は仕事の出来にかかわらず気持ち良く差し出す
賞与などの「ご褒美」は一般的に良い成績を残した人に与えられるものです。ですから、成果が見られなかった社員や勤務態度の良くない社員に対しては「報いる必要はない」と考える経営者もいるかもしれません。
結論を言えば、よく働いてくれる社員、そうでない社員、共に分け隔てなくご褒美をどんどん与えるべきです。理由は、働きぶりの良くない社員がいたとしても、会社に何かしらの貢献をしてくれているのは確かだからです。
仮に100の給料に対して80しか働いてくれない社員がいた場合、経営者は「給料分すら稼いでいない」「そんな社員になぜ報奨を与える必要があるのか」と不満に思うかもしれません。ですが見方を変えれば、その社員は80も会社に貢献してくれているのです。20は会社にとってはマイナスかもしれませんが、稼いでくれている80の努力に対して報いるのは当然です。
マイナスの20を責めるのか、貢献分の80に感謝するのか。どちらにフォーカスするかは最終的には経営者の判断に委ねられますが、私は常に良いほうに着目し、社員に感謝するのが経営者の仕事だと考えてきました。
会社経営に限らず、現実をプラスに受け止めるのは人生を豊かに生きるコツの一つです。何事にも表裏があるように、悪い面があれば良い面は必ずあります。悪い面ばかりを見て欠点を指摘するよりも、良い点を認めて評価し、感謝するほうが、結果的に社員はよく働いてくれるようになります。
【事例】 勤続20年以上の社員を表彰
2017年には勤続20年以上の社員35名を表彰しました。すべての社員に分け隔てなくご褒美を配るのも公平なら、長く一緒に苦楽を共にしてきた古参社員に特別の敬意を表するのも同じく公平です。
もちろん入社半年のアルバイトも大切な人材ですが、やはり社歴の3分の1以上にわたり会社を支え続けてくれたベテラン社員は会社の財産ですから、長く働いてくれたその恩に報いたいと思ったのです。
こうして全体のバランスを取りながら、いかに公平にご褒美を配るのかというさじ加減も経営者には求められます。
ちなみに勤続20年以上の社員表彰では、時計や置物といった物品か金10グラム(当時の価格で約5万円相当)のいずれかを記念品として選べるようにしました。すると意外というべきか、案の定というべきか、全員が金10グラムを選択。やはり実物資産として価値が安定している金の魅力は大きいと再認識した次第です。
人間の組織にも当てはまる「働きアリの法則」とは?
「働きアリの法則(2:6:2の法則)」をご存知でしょうか。「2割のアリはよく働き、6割は普通に働き、残りの2割は怠ける」という自然界の法則です。働かない2割のアリを除外すると、不思議なことに残ったアリの2割がまた怠け始めるのだそうです。
この割合は人間の組織でも同じだと言われています。つまりたくさんの売上を稼ぎ出してくれる社員もいれば、平均点レベルの働きをする社員、あるいは100の給料に対して50の成果しか出さない社員も一定割合いるということです。
この自然界の法則に従えば、三者三様の社員がバランス良く構成されて初めて組織は成り立っていることになります。ならば期待するほど働いてくれない社員がいたとしても、その人に必要以上に気を取られるのではなく、組織全体を見渡していればいいのです。そうすれば勤務態度の良くない人も会社に居場所があり、辞めずにずっと働いてくれます。
例えば風邪などで会社をよく休む社員がいる一方で、風邪をひいてもマスクをして出社する社員がいます。この二人の症状の度合いを引き比べると、もしかすると頑張って出社している社員のほうが重いかもしれません。
それでも出社する人は出社しますし、休む人は休みます。風邪をひいても会社に来てほしいと言っているわけではもちろんなく、社内にはいろんなタイプや考え方を持った社員がいるということです。
にもかかわらず、よく休む人に「頻繁に休まれては困る」と注意したところで、その社員の勤務態度が変わるのかといえば、必ずしもそうではないと感じるのです。むしろ叱られたことで会社が嫌になり、辞めてしまうかもしれません。
休む人の勤務態度を必要以上にとがめるよりも、休む人は休んで当たり前と思っていたらいいのです。そうすれば自然界の法則によって、組織のバランスが自然と整っていくものです。
分け合うことの一番のすばらしさは、やはりみんなを幸せにできることです。会社の利益をご褒美として分配することで、「よし頑張ろう」という意識を社員「全員」が持つようになります。そうやって全社員のやる気に火がつき、仮に100の力を持っている社員が101の力を出せれば、その努力の成果は巡り巡って、やがて会社に利益として必ず返ってきます。
例えば社員がちょっと頑張って101の力を発揮してくれた結果、現状より売上が1%伸び、粗利が1700万円増えたとします。この場合、変化したのは社員のプラス1の頑張りだけですから、人件費などの固定費は大きくは変わりません。しかも利益が出たということは既に損益分岐点を超えていることも意味するわけですから、粗利の増加分に対する経費(変動費)はせいぜい700万円程度で収まるはずです。
すると1000万円はまるまる純利益ですから、それを原資にご褒美を用意しても会社の持ち出しは一切ありません。社員が前よりも少しだけ頑張ってくれたことで稼げたお金を、また現場に還元すると考えれば、当然のことをしているだけと思えるはずです。
分け合うことで社員の〝ちょっとの力〟を引き出して、その結果、会社が得た利益をまた社員に分配する──この好循環をぐるぐる回しながら企業を大きくしていくのが、経営の醍醐味と言えるでしょう。