今回は、未来の日本がなぜインフレになると考えられるのか、四つの理由をもとに見ていきます。※富裕層だけが存在を知るプライベートバンク、ピクテ。この金融機関の歴史は古く、富裕層の資産運用を通じて築いたノウハウがあります。本連載では、ピクテの投資手法をわかりやすく紹介しながら、初心者の資産運用にも役立つ投資テクニックを紹介します。

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相対的に低くなった、日本人の所得水準

ピクテは数年前から世界的にインフレの時代に転換すると予測を変更し、長期的な資産運用戦略を再構築し始めています。そんな中、私は海外だけでなく、今後日本の物価も更に上昇する、つまりインフレになると考えています。それには主に四つの理由があります。

 

①日本人の所得水準が相対的に低くなったこと

②既に大量に供給された通貨が預金として銀行部門に滞留ていること

③国際競争力の低下により貿易黒字力が劣化してきたこと

④将来的に日本の財政が破綻し大幅な増税、あるいは社会保障負担の飛躍的な増加が予想されること

 

一部は「三つの危機」とも重なったりしますが、特にインフレに影響する重要なポイントは、相対的に低下してきた所得水準と、大量供給された通貨が銀行部門に預金となって滞留していることの二つだと考えています。

 

まず、「日本人の所得水準が相対的に低くなったこと」をしっかりと認識する必要があります。

 

長期的には所得水準と物価上昇率には関係があるようです。つまり、所得が高い国の物価は上がりづらく、低い国の物価は上がりやすくなっています。図表1は一人当たり名目GDPを各国別の所得水準と考え、1995年当時の一人当たりGDPとその後20年間の物価上昇率(年率)の関係を見たものです。

 

[図表1]一人当たり名目GDPとその後20年間の物価上昇率の関係  ※一人当たり名目GDP5000米ドル以上、且つ、人口100万人以上の国が対象  ※期間:1995年~2015年。一人当たり名目GDPは1995年時点  ※取得可能なデータで作成  出所:IMF(October 2017)のデータを使用しピクテ投信投資顧問作成
[図表1]一人当たり名目GDPとその後20年間の物価上昇率の関係
※一人当たり名目GDP5000米ドル以上、且つ、人口100万人以上の国が対象
※期間:1995年~2015年。一人当たり名目GDPは1995年時点
※取得可能なデータで作成
出所:IMF(October 2017)のデータを使用しピクテ投信投資顧問作成

 

ここでは一人当たりGDP(所得水準)の高かったスイスや日本の物価上昇率は低いのに対し、逆に所得水準の低かった国の物価上昇率が相対的に高かったことが分かります。

 

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日本人の所得水準はかつて世界最高水準でした。1995年当時、一人当たりの名目GDPは4万3455ドルとスイスに次いで世界第2位の地位にあったのです(人口100万人以上の国が対象)。しかし現在ではこれが22位まで低下しています。このことは日本人の所得が低くなった、ひいては日本の物の価格が安くなったことを意味しています。

 

最近外国人による需要増加で東京や大阪でホテルの宿泊料や高級レストランの値段が上がっているようですが、彼らからすれば高い料金を払って値段を引き上げているつもりはまるでなく、ただ単に日本の価格が安いだけなのです。単に、自分の国で同じようなサービスに払うのと、同程度の金額を使っているだけのことなのだと言えます。

 

これに限らずそのような例は他にいくつもあるのです。海外からの要因で、国内の価格が上昇しているということは少なくありません。例えば、魚介類の価格が高騰していますが、その背景には海外における魚の人気化、中国などによる乱獲などが存在するのです。今後、その傾向には拍車がかかり、日本人が気付かないうちに、外国人が日本の物価を引き上げてしまう時代になるでしょう。

銀行部門に預金として滞留する、大量供給された通貨

ところが、どうも日本ではインフレという言葉は死語になりつつあるようです。

 

最近、よくセミナーなどで「インフレになると思っている方は?」と質問を投げかけますが、政府・日本銀行がこれだけインフレ政策を取っているにもかかわらず、インフレになると答える人はほとんどいません。株式や為替市場の見方に関しては多少なりとも違った考えが出てきたりしますが、こと物価見通しについては驚異的なくらい意見が一致しているのです。

 

私はそもそも「日本人は群集心理による投資行動を行う民族」と思っています。それにしても、ほぼ全員がインフレになることなどないと思っているという極端すぎる意見の偏差を目の当たりにすると、改めて、この日本人の悪癖がいかに強いものかと実感せざるを得ません。

 

群集心理による投資行動とは、他人が購入したものを欲しくなる心理を表し、資産価格が適正な価格から大きく乖離した時の説明によく使われます。実際、日本人の極端な投資行動は、運用商品を提供する身からするとさまざまな局面で遭遇することがあります。バブル期の土地神話や数年前の米国REIT投信への極端な投資もその一例でしょう。

 

現在の日本人は、物価が低いまま安定するという期待に基づいて、預金に対する絶大な群集心理投資を行っていると言えます。事実アベノミクス以降、銀行に預けられている預金は積み上がる一方です。この結果、日銀によって大量に供給された通貨は投資に回されることなく、預金として銀行部門に滞留するままになっています。

 

2016年1月に導入されたマイナス金利政策は、預金金利等を引き下げ、個人の預金を投資に向かわせることを意図していました。また同時に民間金融機関に経営の転換を求めることにもなりました。

 

思い出してください。量的・質的金融緩和政策は、まず市中の金利水準を引き下げ、投資を促し需要を拡大させることで物価を上昇させようとする政策です。ところが金利水準は十分に下がる一方で、投資は思うように活発化しませんでした。そこでマイナス金利政策が導入されたのです。日本銀行はまず民間金融機関から預けられた資金の一部へマイナス金利を適用しました。民間銀行は預かった預金の一定割合を日本銀行の当座預金に預けることが法律で定められており、これを法定準備預金額と呼びます。マイナス金利政策はすでに預けている法定準備預金額以上に当座預金が更に増えた場合、その増加部分に0.1%のマイナス金利を適用するというものです。

 

2013年4月の量的・質的金融緩和政策の導入決定後、400兆円近くもの大量の通貨が日本銀行から市場に投入されました。

 

その資金は民間金融機関に流れ、超低金利の融資となって投資を促すはずでした。

 

しかしながら、結局は貸し出しへと流れることなく民間金融機関に現金として積み上がってしまい、その大部分が預け金として日本銀行の当座預金へ還流してしまったのです。日本銀行が保有する国債は465兆円、日本株式ETFは23兆円、J-REITは約5000億円に達しています(2018年12月20日現在)。これらを購入して、経済に通貨を供給してきたのです。

 

本来、民間金融機関は、集めた預金などの資金を効率よく運用することが役割です。資金を日銀に預けない、つまり当座預金に「お金を寝かせない」工夫が求められているのですが、逆にそこが余裕資金の有力な資金運用手段になってしまった。というよりは、資金を運用や融資などに回す力が民間金融機関になく、結果として日本銀行に預けざるを得なかったのです。

 

そこで、積み上がった当座預金を使って、民間金融機関が積極的に投資を働きかけるように促すために導入されたのがマイナス金利政策だと言えます。スイスではマイナス金利は最終的に個人に転嫁され預金金利もマイナスとなりましたが、日本ではそこまで進んでしまうことはありませんでした。このためかその効果も乏しく、預金への資金流入は止まっていません。

 

先に「日本人は群集心理による投資行動を行う民族」との考えを述べましたが、インフレ懸念など夢にも思わず、誰もが大量の資金を預金に滞留させています。この極端な投資行動が預金バブルを発生させていると言えます。これは構造上不安定な巨大ダムに大量の水が貯まってきているのと同じで、いつかは崩壊あるいは大量放水されることになると思います。日本銀行が大量に供給した通貨はこの巨大ダムに留まることで平静を保っていますが、一度解き放たれると物価を大きく上昇させることになるでしょう。大幅なインフレが発生すると考えることができます。

 

民間銀行部門の現金・預かり金は2018年8月末には253.3兆円まで積み上がっています。

 

 [図表2]日本の経常収支と全国銀行の現金・預かり金の推移(1996年12月~2018年8月  )出所:日本銀行、ブルームバーグのデータを使用しピクテ投信投資顧問作成

[図表2]日本の経常収支と全国銀行の現金・預かり金の推移(1996年12月~2018年8月)
出所:日本銀行、ブルームバーグのデータを使用しピクテ投信投資顧問作成

 

この水準は経常収支の12倍近くまで達しており、もしその一部でも何かのきっかけで動くと、資本市場に多大な影響を与えることが想定されるからです。

 

長引く低金利によって金融機関の収益率は悪化し続けており、信用リスクの観点から考えると預金も決して安全資産ではありません。仮にインフレ期待が高まった時には、これが群集心理でそろって他の資産へ移転することも想定されます。もし預金から海外の資産へ一気に流れた場合、大幅な円安となり、その際には深刻なインフレを伴うことになるでしょう。

 

萩野琢英

ピクテ投信投資顧問株式会社 代表取締役社長

 

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本連載は、2019年4月10日刊行の書籍『改訂版 210余年の歴史が生んだ ピクテ式投資セオリー』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。
投資はご自分の判断で行ってください。本連載を利用したことによるいかなる損害などについても、著者および幻冬舎グループはその責を負いません。

改訂版 210余年の歴史が生んだ ピクテ式投資セオリー

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萩野 琢英

幻冬舎メディアコンサルティング

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