一生懸命、忙しい…新時代の「仕事」の定義で無価値になるもの

今回は、新しい時代の経営戦略において、「仕事」の意味を再定義することの重要性を取り上げます。※本連載では、公認会計士・米国公認会計士の資格を持ち、数々の企業でコーポレートファイナンスを通じて新たなスキームを構築してきた株式会社H2オーケストレーターCEOおよび一般社団法人M&Aテック協会代表理事である・久禮義継氏が、新時代に中小企業が生き残るための経営戦略を提案していきます。

固定費のかかる「オフィス」など、新時代には必要ない

今回はわかりやすさを重視して少し具体例を挙げて話を進めてみます。

 

最初に乱暴に言い切ってしまいましょう。

 

『このご時世で成功している経営者は「会社で、一生懸命努力して、仕事をする人」にはほとんど興味を示さない』

 

額に汗し、一生懸命に努力する姿が称賛される。これは昭和や平成中期までの時代の話です。今これを賞賛する企業があるとすれば、Unlearn(※1)すべきなのです。

※1 Unlearn…「学習棄却」や「まなびほぐし」という風に訳され、これまで学んだことや身に付いていることいったんリセットすること(決して、何かを学ばないということではない)。本連載で別の機会により詳しく説明予定。

 

では、この言葉の真意を、順を追って説明します。

 

①“Get out of the office!” カイシャという場所はそれほど重要か

会社で仕事をすることのメリットの大きなものとして、物理的に近接して仕事をするとコミュニケーションが取りやすく業務が効率的に進むという風に考えているかと思います。

 

果たして本当にそうでしょうか?

 

私は、物理的に会社で仕事をしなくなって、驚くべき事実に直面したのです。「会社で仕事しているよりも、よっぽどコミュニケーションが密で深いではないか」という事実です。

 

皆さんがそのような環境なのか分かりませんが、私個人が会社で働いているときに、同じフロアであっても年に一回も話さない人が多かったです(同じフロアに70名を超える人数が在籍していたのである程度そういうものだと思いつつ、それにしても…と)。また同じ部署であってもコミュニケーションが最低限ということも多かった印象です。

 

多額の固定費をかけてかつコミュニケーションの質・量が十分に伴っていない会社という「箱」に、物理的に考えて生産性の著しく欠落する通勤という行為を伴いながら、毎日行うことの意味はどこにあるのでしょうか(※2)。

※2 それに対する一つの解が昨今流行りのテレワークという意見があるが、それすら大きな疑問を感じている。これも別の回で詳しく解説予定。

 

僕の意見は極端かもしれません。また、ここでお話した内容は単なる一例にすぎません。ただ、思うのは、一見常識と思われていることに対して、疑問を感じ、行動に起こし、より望ましい別のやり方がないかを模索してみることが重要なのではないかと言うことです。

努力など必要ない。必要なのは「仕込み」である

②“Work as breathing!”「一生懸命努力する」って特別なことか?

何か努力をすることを特別なことと捉える風潮がありますが、すごく不思議でなりません。ちなみに僕に一番嫌いな言葉は「努力」です。ひねくれていると思われるかもしれません。確かにそうかもしれません。しかし、この言葉から滲み出る「自己満足感」、「特別なもの感」、「(場合によっては)やらされ感」というものが半端なく気に入らないのです。

 

仕事で努力をする。どこが褒められるのでしょうか?

 

息をするのと一緒じゃないでしょうか? 人間は息をしないと死にます。人間は努力をしないと肉体的には死にませんが心は死んでしまいます。そのような瀕死の心では会社は腐っていく一方です。

 

そこで僕は努力をこう定義しています。

 

「仕込み」。以上。

 

それ以上でもそれ以下でもありません。お寿司屋さんは「仕込み」なしではお店を開くことができないのです。つまり、やって当たり前のなんてことはないルーチンワークにすぎません。

仕事を「社会に付加価値を提供すること」と定義する

③ “What is your value?”「仕事する」からビジネスマンなんでしょ?

「仕事」という言葉も何か特別なフレーバーを匂わせます。仕事をやっていれば全てが許されるといった風潮。

 

皆さんはビジネスにおける「仕事」はどのように定義されてますか?

 

文献を漁ってみても正確な定義が明確にあるわけではありませんが、私は次のように定義します。「仕事」とは、「労働などの資源を投入し、社会に付加価値を提供し、その結果として一定の対価を稼得する活動」。「社会に」と大きく構えていますが、「顧客に」でも広い意味で社会に付加価値を提供していると言えるので、それでもいいでしょう。

 

また、付加価値を与えることの対価として典型的なものは金銭だと思います。しかし、定性的なものでも適用されます(※3)。それは、「やりがい」かもしれません。あるいは、「周りからの賞賛」かもしれません。いずれにせよなんらかの報いが得られることに対し、本人が意識しようとしまいと、肯定しようと否定しようと、一定の期待を持っているのではないかと思います。

※3 例えば、非営利社団法人などは金銭以外の対価がよりしっくりくるのではないだろうか。

 

ここでの一番のポイントは、「社会に付加価値を提供」すること。

 

この定義は完全に正当化され普遍的なものとまでは保証しかねますが、これらを充たさないと仕事をしているとはいってはならないと思うのです。

 

ここでよく受ける質問があります。「バックオフィス(※4)は社会に付加価値を提供してないから仕事をしていないって言うのですか?」。当然な回答になりますが、決してそうではありません。単に直接的な提供かそうでないかの違いにすぎません。

※4 バックオフィス…事務処理、管理業務、人事・経理・法務・財務・総務といったいわゆる「非生産」の部門・業務が主にバックオフィスに区分される。

 

社会に付加価値を提供しているかどうかの答えは、他人が言うまでもなく実際に活動をしている貴方自身が一番よくわかっていると思うのです。社会に付加価値を提供していると外形上、あるいは自らのココロの中に見えていないときに、「一生懸命仕事をしている」、「仕事で忙しい」という言葉にどのような価値があるのでしょうか。

 

つまり、「資源を投下するだけじゃダメ」なんです。成果(=社会に付加価値を提供)を出さないと。これが本当の意味での成果主義ではないでしょうか。

 

④言葉の定義を明確にすることや、再定義することでマインドと行動が変わる

以上により、結局僕は何が言いたいのか?

 

それは、以下の図表のような一連の流れを生起させることが有益ではないか、ということです。

 

[図表]
[図表]

 

これは思っている以上に人の凝り固まった常識を揺さぶり、社会に対する企業の存在意義を高める効果があるのではないでしょうか?

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株式会社H2オーケストレーター・CEO
一般社団法人M&Aテック協会・代表理事
公認会計士(再登録手続中)
 

1995年、同志社大学経済学部を卒業後、中央監査法人に入所。1998年、日本興業銀行ストラクチャード・ファイナンス部へ出向。2000年、同法人金融部に配属。2001年、ドイツ証券投資銀行本部に転じる。2006年、ミシガン大学ビジネススクールを卒業後、The Bridgeford Group(ニューヨーク)にて勤務。2007年に帰国し、JPモルガン証券投資銀行本部、みずほ証券グローバル投資銀行部門など数社を渡り歩く。2013年、NEC経営企画本部に転じ、2019年独立。これまで、退職給付信託(国内初案件)の開発、民事再生法下のプレパッケージ型事業再生スキーム(国内初案件)におけるM&Aアドバイザー、事業法人グローバルIPOにおけるジョイント・グローバル・コーディネーター(2002年度国内最大案件)、特殊法人の民営化関連アドバイザー等、投資銀行業務における重要案件を幅広く担当した経験を有する。NECでは、上級役員の参謀役として経営の中枢に携わり、中長期戦略・グローバル戦略の立案・実行部隊として、ダボス会議事務局、グローバルアライアンス推進などに従事。公認会計士・米国公認会計士有資格者。著書に『流動化・証券化の会計と税務』(中央経済社)等。

著者紹介

連載令和時代に生き残る!中小企業のための新しい経営戦略

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