優良企業すら廃業に追い込む、社長の「事業承継への認識不足」

日本の優良企業が次世代に受け継がれないという由々しき事態。今やこれは、深刻な社会問題のひとつです。何とか次世代への承継を促そうと、平成30年に「特例事業承継税制」が改正されたものの、いまひとつ効果があがっていない現状は、どうやら税負担だけが原因ではないようです。本記事では、東京国税局管内各税務署にて主に相続税・贈与税・譲渡所得税の税務調査を財務事務官として担当し辣腕を振るってきた、税理士法人オフィスオハナ代表の吉野広之進税理士が、優良な中小企業の事業承継において注意すべき問題について、具体例をあげて解説します。

事業承継が進まないのは「税金以外の問題」も大きい

経営者の急な死亡や、長期の闘病・認知症などで、経営者が辣腕を振るうことができなくなってしまうと、その企業は衰退や倒産の憂き目に遭うこととなります。

 

「中小企業白書2016」からは、今後10年間で日本の中小企業経営者の2/3である約250万人が70歳を超えると予想されます(別図を基に類推)。

 

[図表]年代別に見た中小企業の経営者年齢の分布 出典:中小企業庁「2016中小企業白書」年代別に見た中小企業経営者の分布 https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H28/h28/html/b2_6_2_1.html
[図表]年代別に見た中小企業の経営者年齢の分布
出典:中小企業庁「2016中小企業白書」年代別に見た中小企業経営者の分布

 

これを受けて、次世代への事業の承継を促す目的で、「特例事業承継税制」が平成30年に改正されました。「重い税負担のため事業承継に踏み切れない現世代経営者」や「承継を受ける次世代経営者」にとっては、5年間の時限立法とはいえ、有効な手段となります。

 

しかし、事業承継が進まない理由は「税負担が重い」ということばかりではありません。

 

●事業を承継する側の覚悟やそのタイミング

●事業を引き継ぐ側の経営者としての経験やスキル、人望の不足

●事業を引き継ぐべき後継者の不在

●事業承継に関する知識・情報の不足

●相談できる、ブレインとなる、信頼できる専門家の不在

 

など、いくつもの事情が、優良な企業の事業承継を阻んでいるようです。

社長の死後、次期経営者候補が自社株の買取りを拒否

 失敗事例1 

85歳の社長が体調を崩し、突然の入院。その数ヵ月後に死亡。

社長が100%持っていた自社株は、相続人である娘が相続することとなったが、過去から会社には一切携わっておらず、今後も経営に関わることはない。

会社の取締役には、社長の弟の子(甥)がおり、社内全体としても、その甥が次期経営者に適任と目されていた。

社長の急死による急な相続税の納税資金に困窮した娘は、次期経営者候補である甥に、自社株を相続税評価額である1億円で買取りを求めたが、甥個人に資力はなく、また、1億もの資金を投じてまで、その会社を継承する意思もなかった。

以降、この件がきっかけで娘と甥は深刻な不仲となった。

甥は相続開始後の最初の株主総会の場で取締役を辞任し、個人で起業してしまった。


“経営者の急死”、“次期経営者候補の独立”などにより、社長が数十年をかけ、一代で築き上げた「我が子同然」の優良な企業は、たった数ヵ月で黒字倒産せざるを得なくなった。また、相続税の支払資金の確保ができなくなった娘は、重い税負担に苦しんでいくこととなる。

 

 とるべきだった回避策 

 

この事例は、平成30年に改正された特例事業承継税制を使い、贈与税や相続税の納税猶予を適用することで、事業の継続ができたものと思われます。

 

しかし、特例事業承継税制による贈与を行う前に社長が急死したうえ、“事業に携わることのない相続人”と“次期経営者候補”のボタンの掛け違いが起こってしまったことで、事業承継の方策が見いだせないまま、黒字倒産せざるを得なくなってしまいました。

 

このように、有効な税制ができたからといって、そこには人の想いや感情、タイミングがあり、すべてが特例事業承継税制だけで解決できるとは限りません。

 

社長が早い段階で、次期後継者候補に持ち株を渡していれば、「計画的な次世代への事業承継により、会社の永続的繁栄」や「次期経営者の事業に対する自覚や社長業の引継ぎ」と「少ない税負担」で事業承継が実現できていたものと思われます。

 

たとえば、社長が70歳の時から事業継承を開始していたとすれば、亡くなるまでの15年という期間を使うことができます。15年かけて株の移転を行う方策としては、下記の方法が考えられます。

 

(1)15年かけて贈与する

 

★1億円÷15年≒660万円・・・1年当たりの贈与財産の評価額

★(660万円-110万円)×30%-65万円=100万円・・・毎年の贈与税額

★100万円×15年=1,500万円・・・15年分の贈与税の総額

 

毎年約6.6%(100%÷15年)ずつ経営権を分割移譲することができ、次期経営者も徐々に経営を行っていく覚悟をしていくことができます。贈与税負担も総額にすると1,500万円となりますが、次期経営者が負担する毎年100万円相当の贈与税負担分として、給与を月約9万円程度上乗せすることで、次期経営者の税負担は事実上ありません。会社としても、経費(給与)が増えることで、その分の法人税負担が減ります。

 

(2)15年かけて譲渡する


★1億円÷15年≒660万円・・・1年当たりの譲渡財産の評価額

★660万円×95%×20.315%≒127万円…毎年の分離課税譲渡所得税+復興特別税

★127万円×15年=1,905万円・・・15年分の所得税の総額

 

譲渡の場合、譲渡者である現経営者が税負担することになります。この税負担分を前述の(1)のように、社長の報酬を月10万円程度上げる方法もありますが、将来の相続の際に、娘が負担する相続税の前払いだと思って現社長が自腹を切るというのも一つの選択肢です。そうすることで、経営者の覚悟・後ろ姿を次期経営者に見せることもできます。

後継者に、事業の債務負担と相続税負担が押し寄せて…

 失敗事例2 

人口が減少傾向にある地方都市であっても、安定した顧客があり人気の中華飲食店を法人経営している社長の事例。60代の頃に、イタリア料理店で修行していた息子が腕を上げ、父の会社に入社することとなった。

その機会に、首都圏に近く、人口も増加している地域に支店としてイタリア料理の新店舗を出店したが、「俺の目が黒いうちは」が口癖だった社長の意向もあり、経理処理は本店支店に区別することなく行っていた。

新店舗は売上も利益も伸ばし順調であったが、本店は、その地域の人口減少の影響や、チェーン店・大型商業施設の出店などもあり徐々に売り上げを減らしてしまった。さらに、社長である父が高齢と体調不良により調理場に立てなくなってしまったことから、料理の味や接客の質が落ちたと悪い評判が立ってしまった。

その後、社長が死亡し、自社株のすべてを息子が相続することとなった。会社全体としては、息子が店長を務めている支店の繁栄もあり、自社株の評価は上がってしまい、高額な相続税の負担を強いられることとなった。

また、社長の死後に、初めて会社の経理・財務内容や自社株の評価を知った息子は愕然とし、本店を閉める決心をしたが、従業員の退職金や店舗閉店に関する多額な費用を負担することとなり、会社全体の財務状態は悪化し、経営が困難な状況に追い込まれてしまった。

 

 とるべきだった回避策 

 

この事例は、幾たびかのターニングポイントがあり、またその回避策もあったものと思われますが、その時々の社長の決断・判断ミスなどにより、事業の後継者であり、相続人でもある息子に“事業の債務負担”と“高額な相続税の負担”が圧し掛かる、不幸な結果となってしまいました。

 

(1)本支店経営とし、新会社としなかったミス

 

①新店舗を新会社(別法人)としていれば・・・

 

新店舗出店時に本店とは別に新会社(別法人)として設立する選択肢がありました。新会社の設立時の資本金を息子が出資することで、新会社の相続税評価額が上がっても、父の相続の際、本店の相続税評価額に影響は及びません。

 

結果的にではありますが、本店の評判が下がり、経営不振になってしまったことで、本店の自社株評価は下がり、相続税の負担も少なくて済んだはずです。

 

②息子が新会社設立費用を捻出できない場合

 

新会社設立時の出資金や開業コストを息子自身が賄えなかったのであれば、父が息子に資金を援助(贈与)するという選択肢がありました。資金援助の額によっては贈与税の負担が大きくなるケースがあります。その場合は、親子間での貸付とし、時期を見て贈与税の基礎控除(年額110万円)ずつ生前贈与することにより、税負担を避けることができます。

 

一般的に、出資金を父が出し株主となってしまいがちですが、成長の可能性が見込める新会社の株を持ってしまうと、相続税の評価が上がってしまうことに注意が必要です。

 

③父の本店は好調で、息子の新会社が経営不振となった場合

 

一定の条件を満たせば「税制適格合併」という方法があります。経営不振となった息子の新会社をこの合併により税負担なしに救済することが可能です。このケースでは、“相続税評価額が低い息子の会社”を合併することにより、“父の会社の相続税評価が下がる”ことによる、相続税の負担軽減も図れます。

 

④本店が経営不振で閉店せざるを得なくなった場合

 

今回の事例のように、“父が経営する本店の経営が思わしくなく債務超過となった場合”や、“死亡などにより閉店することとなった場合”に、息子が経営する支店を新会社としていれば、父が経営する本店資金で賄える範囲での閉店の処理や債務整理を行うことが可能だったはずです。

 

最悪の場合は、法人や経営者(父)の自己破産により、息子や息子の会社に、影響
を及ぼさないですみます。また、経営破綻や経営者の死亡を原因としての従業員解雇であれば、その負担や処理の方法も違ったはずです。

 

⑤相続により、息子が2つの会社の経営者となる場合

 

低い評価額で父の会社を相続した後に、前述③と同様に、税制適格合併を行うことで、法人税や地方税などの税負担を軽減することができます。

 

(2)経理処理を分けていなかったことのミス

 

社長自身に「俺の目が黒いうち」という考え方や、親子であることの油断があったことも影響し、本店と支店の経理処理を区別していませんでした。また、“息子が自社株を持っていないこと”や“役員になっていなかったこと”から、経営状況などを開示していませんでした。

 

息子は、自分が切り盛りする支店の日々の売り上げなどから、会社全体も好調であると思っていましたが、実際には本店の経営悪化により会社全体としては深刻な状況に陥っていることを知ったのは、父が亡くなった後となってしまいました。

 

その際に、本店・支店の経理を区分していなかったことから、本店単独の経営状況を理解するために時間を要し、本店閉店の決断が後手に回ってしまい、無用な債務を増やす結果となってしまいました。

事業承継には「時間+助言者+経営者の覚悟」が必要

上記のように「ある程度の時間(期間)」と「改善の方策を提案するブレイン」が存在し、「現経営者・次期経営者の双方の覚悟」があれば、「将来の大きな税負担より、現在の少ない税負担を選択する」ことも可能となります。

 

また、少しテクニカルにはなりますが、“黄金株の導入”や“会社分割”、“持ち株会社の設立”などにより株式評価減や、形式を変えた方法での株式移転、またはM&Aによる事業継続(譲渡)なども考えられます。

 

「俺の目が黒いうちは」ではなく「俺の目が黒いうちに」、次期後継者に「事業実態の開示」や「事業の経営手腕の継承」「節税策の策定や実行」をするなど、経営者には「早期の決断」や「正しい判断」が求められる時代となっています。

 

 

吉野 広之進

税理士法人オフィスオハナ 代表税理士

 

office ohana グループ 代表税理士・行政書士

1982年 大蔵省(現:財務省)東京国税局に入局し、相続税・贈与税の税務調査を担当
2005年 税理士・行政書士登録 個人事務所を開業
2013年 税理士法人オフィスオハナを設立
2017年 行政書士法人オフィスオハナを設立

出版社・金融機関・大手ハウスメーカーなどが主催の一般顧客向けセミナーや、全国の税理士会を中心に同業専門家向けのセミナー講師を多数務めるなど、相続・遺言・事業承継に関するエキスパートとして活躍中。

著者紹介

連載【GW特集】平成の世に「富裕層から滑り落ちた」情報弱者たち~彼らが失敗した理由

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