富裕層になれば、日々、金融機関から様々な提案を受けるもの。しかし言われるがままに提案を受け入れていくと、とんでもない損失を被る場合があります。本記事では、富裕層の資産運用のサポートを多く手がけるペレグリン・ウェルス・サービシズ株式会社代表取締役の山口聰氏が、退職金と相続資産で十分な老後資金を保有していた夫婦が、金融機関からの提案のままに投資、運用を行い、結果、多額の損失を抱えてしまった事例を解説。そこから金融機関と正しく付き合い、効果的に資産運用を行う術を考えていきます。

「儲かりそうですよ」の言葉につられて投資したが…

世界的に低金利が続くなかで世界の投資マネーは2008年のリーマンショック以降拡大を続け、この10年間はおおむね資産運用が報われやすかった局面だったといえます。しかし、昨年2018年後半の下落局面前である2018年3月末時点、金融庁が公表した調査によると、都銀・地銀29行で投資信託を保有する顧客のうち46%と半数近くが評価損を抱えている、という結果が出ました。インターネット証券経由では36%が評価損を抱えているとされています。

 

金融機関の担当者による助言を得ていても必ずしもよい結果が出ていないというこの調査結果ですが、富裕層になると金融機関の担当者が付くケースが多く、様々な金融商品がひっきりなしに提案されています。

 

金融資産運用では価格変動は付きものです。当然、タイミング次第では短期的にはよい結果がでないこともあります。しかし、担当者がついているにも関わらず、運用がうまくいかず資産を結果的に減らしてしまうケースも散見されます。これらのケースを分析してみると、担当者からの提案手法にいくつかの傾向あることがわかります。その傾向に対して予防線を張ることで、避けられる失敗もあるのではないでしょうか。

 

今回、ある富裕層の方が証券会社との取引で資産を減らしてしまった事例から、どのような提案を受けて結果的に資産を減らしてしまったのか、ということを具体的に見ていきます。その上で「このような提案が増えてくると注意が必要だ」といった失敗につながりやすい具体例を確認していきましょう。

 

O様は、奥様との二人暮らしの70代前半。二人に子どもはなく、夫婦共働きで公務員として定年まで勤めあげ、夫婦の退職金と過去の貯蓄、さらにO様の兄が亡くなったときに相続した資産も合わせ、夫婦で2億円の金融資産を保有していました。

 

O様夫婦は定年後の長い余暇人生を過ごすには不足ない金融資産を有していましたが、銀行から証券会社を紹介され、資産運用を始めました。ちょうどリーマンショックの前に小額からスタートしましたが、リーマンショックで目減りしたあとは回復基調にあったこともあり、証券会社の営業担当者にすすめられるままに投資額は増えていったそうです。

 

2013年ころまでは毎月分配型や海外株式に投資をする投資信託を複数保有するような運用でした。それ以降は世界的に株式などの資産価格が上昇し、利益がでることも増えてきました。しかし、利益が出るとすぐに売却をすすめられ、同時に新しい商品をすすめられました。当初は投資信託のみでしたが、個別の米国株式や香港株式、高分配金をうたう複雑な投資信託、豪ドル建てなどの債券、さらに南アフリカランド建てやトルコリラ建ての新発債券、公募仕組債など、気付けばどんどん商品の種類は増えていったそうです。

 

最初は利益が出ていたこともあり、「儲かりそうですよ」というトークをその場で受けてしまったそうです。しかし、次第に聞いたことがない外国の会社の株式をすすめられたり、新商品だということですすめられたりすることが増え、2016年ころには含み損を抱えた商品や、換金しにくい商品ばかりになってしまっていたということです。

 

運用が順調だった2014年ころには投資額は1億円を超えていましたが、その後は含み損を抱えたり、損失を確定させて新商品に乗り換えたりして、2017年にはトータルの評価額は5000万円を割り込むほどに減少していたそうです。

 

O様の話から察するに、損失の多くは海外株式の取引や新興国通貨での為替差損のようでした。O様自身も正確に商品を説明できないものもあり、一つひとつへの投資額も小さくなるなかで商品数は増え、半ばあきらめた様子でもありました。

 

もちろん、投資は自己責任です。O様も結果については認識されています。ただ、大きく資産が減少してしまったポートフォリオを拝見して、金融機関の担当者からサポートを受ける際に注意しておきたいことがたくさん浮かび上がってきました。

大切なのは金融機関の担当者との「将来の共有」

まずO様は資産運用において、投資の目的や運用の将来的なイメージについて、歴代の担当者に聞かれたことも話をしたこともなかったそうです。資産運用は将来に向けて連続した時間の上で行われるので、目指すべきゴールや期待するものを具体的にイメージしておくことが非常に重要です。それに向かって資産運用の内容やプランを考える必要があるからです。

 

ゴールや目的の共有がない場合、O様のような商品セールスの積み重ねに陥りがちです。すると保有する意味もあいまいなまま「儲かりそう」という理由で安易に商品を購入して失敗してしまうことがあります。

 

また、どのような商品や提案が必要か、担当者との間に事前のコンセンサスがなければ、「提案しやすい、売りやすい、またはノルマを消化しないといけない商品」をすすめられる傾向にあります。

 

「売れています」といったワードも要注意です。人の心理としては多くの方が投資をして保有していたり、含み益が出たりしていると安心感を持ちやすく、担当者もすすめやすくなります。

 

「新商品」というワードにも注意が必要です。保有商品の売却とセットで購入を提案されたり、提案の金額まで具体的に提示されたりする場合はさらに注意が必要です。世界の金融市場は以前よりも商品同士の相関性が高まり、同じような動きをする傾向が強くなってきています。そのため高値と思って売却しても、新たに購入する商品も同じく高値になっているかもしれません。また「この商品を売却した資金でこの新商品を買いましょう」というトークは、担当者の強い思惑ですすめられていることが多いです。

 

他にも、失敗に陥りやすい傾向として、だんだん提案金額が小さくなり、結果的に保有する商品数が増加するというのも、失敗に陥りやすい傾向です。特に「少額から投資できますので」というセリフで、公募仕組債や変額年金保険をすすめられたら要注意です。提案金額が小さくなってくるのは、ずばり担当者がセールスに苦しんでいるサインなのです。

 

さらに、日本の株式に比べてどうしても情報が少ない海外株式、特に馴染みのない企業や公募株式の提案が増えてくる場合も注意が必要です。もちろん株式が値上がりすることもありますが、外国株式は手数料収益が厚く、すすめやすい顧客に集中して繰り返し提案するといった傾向があります。

 

 まとめ 

O様は振り返り、「担当者が定期的に交代するなかで、なかなか長期的な展望でコミュニケーションすることができなかった」と残念な様子でした。しかし担当者は在任中に様々な商品を提案してくるので、うまく付き合って納得のいく資産運用を実践したいものです。金融機関の担当者との付き合いで、注意すべき下記のポイントをあらかじめ知っておきましょう。

 

●投資の目的や資産運用のゴール、イメージについての話題がない

●売却と買付の提案がセットであることが多い

●買付の具体的な金額や資金の充当方法まで踏み込んで提案してくる

●「とても売れている」「新商品」といったことを強調する

●提案金額がだんだん小さくなり、保有商品の数が増えていく

●聞いたことがない外国株式の提案が増えてくる

●トルコリラや南アフリカランドといった新興国通貨の商品の提案が増えてくる

●「小額から投資できます」と公募仕組債をすすめてくる

●様々な商品を保有するなかで比較的少額でファンドラップや変額年金保険をすすめてくる

 

いかがでしょうか。もちろん担当者のサポートや提案は心強いものです。しかし資産運用には価格変動といった不確定要素があり、それなりにコストがかかる場合もあります。担当者を通して取引きをする際には、失敗に陥りやすい傾向をあらかじめ知っておき、資産運用に対する準備をしっかりしておけば、いたずらに商品数ばかり増えて含み損が拡大してしまう失敗や、意図しない商品を保有して含み損を抱えてしまう失敗など、避けられるでしょう。

 

 

 

 

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