1. 事業承継とは
1.1. 事業承継の3つのパターン
事業承継とは、会社経営を後継者に引き継ぐことです。以下の3つのパターンがあります。
- 息子や娘等への承継(親族内承継)
- 親族以外の役員従業員への承継(親族外承継)
- M&Aによる第三者承継
会社の資金や設備等は、基本的に、会社名義となっています。後継者は、それらを個々に引き継ぐのではなく、株式(自社株式)という形で引き継ぎます。具体的には、自社株式の「贈与」「相続」「売買」を通じて、引き継ぐことになります。
事業承継税制は、これらのうち、「1. 息子や娘等への承継(親族内承継)」、「2. 親族以外の役員従業員への承継(親族外承継)」の場合にかかる「贈与税」または「相続税」に関する税制です。
1.2. 事業承継で最重要な「後継者への株式の集中」
非上場会社においては、経営者は、その会社の「経営者」であると同時に「株主」であることが大切です。経営権があり、かつ会社の所有者でもあることで、経営が安定し、意思決定をスムーズに行うことができるからです。
1株でも他の人に株式が渡っていると、その人が株主としての権利を主張し、経営が円滑にいかないケースが発生する可能性があります。
したがって、事業承継を行うにあたっては、株式を後継者に集中させることが重要です。
1.3. 事業承継するにあたっての問題点と事業承継税制
事業承継を行うにあたっては、自社株式を後継者に集中させることが重要ですが、後継者が自社株式という財産を取得する場合、以下の問題が発生します。
- 贈与税・相続税がいくら発生するか
- 贈与税・相続税の納税資金をどう準備するか
- 他の法定相続人の法定相続分・遺留分を侵害した場合の補償をどうするか
事業承継を行うにあたって最初に考えなければならない問題は、「1. 相続税・贈与税がいくら発生するか」ということです。事業承継税制は、自社株式の贈与や相続に係る税負担を実質的にゼロにするために設けられた制度です。
なお、「2. 贈与税・相続税の納税資金をどう準備するか」「3. 他の法定相続人の法定相続分・遺留分を侵害した場合の補償をどうするか」の問題については、遺言を残すことや「経営承継円滑化法」における「事業承継時の金融支援措置」「遺留分に関する民法の特例」を利用することで対応することになります。
なお、「経営承継円滑化法」は、事業承継における、贈与税や相続税の負担、民法上の遺留分の制約、自社株式買取時等の資金調達という問題に対応するために制定されました。「事業承継税制」「遺留分に関する民法の特例」「事業承継時の金融支援措置」の3つが盛り込まれています。
2. 事業承継税制の概要と機能
事業承継税制とは、都道府県知事の認定を受けた中小企業の後継者が、非上場株式である自社株式を贈与又は相続により取得した場合、自社株式に係る贈与税・相続税について、一定の要件を満たすことにより、その納税が猶予され、実質的に免除される制度です。
事業承継税制には、「一般措置」と、より有利な「特例措置」(特例事業承継税制)があります。2024年3月31日 までに特例承継計画を提出した場合は「特例措置」が適用されることになっています。
本記事では、もっぱら「特例措置」について解説します。その前提として、本項ではまず、一般措置と特例措置の内容を簡単に比較します。
2.1. 一般措置と特例措置の違い1|納税猶予の対象となる株式
一般措置では、先代経営者から贈与や相続等により取得した自社株式のうち、「総株式数の3分の2」までが納税猶予の対象となっています。
これに対し、特例措置については、全ての自社株式が納税猶予の対象になっています。
2.2. 一般措置と特例措置の違い2|納税猶予割合
一般措置では、贈与税の場合では納税猶予の割合は100%です。また、相続税の場合は納税猶予割合が80%となっており、実際に猶予される税額は全体の約53%(対象株式数の2/3×猶予割合80%)です。
これに対し、特例措置では、贈与税だけではなく、相続税についても納税猶予割合が100%になりました。贈与税・相続税ともに納税猶予割合が100%(対象株式は全ての自社株式×猶予割合100%)となったため、事業承継時の税負担が無くなったといえます。
2.3. 一般措置と特例措置の違い3|特例は「後継者最大3人」
一般措置は、「親族外を含む複数の株主」から「1人の後継者」に対する贈与等の場合に適用を受けることができます。たとえば、先代経営者の配偶者からの贈与も納税猶予の対象になるということです。
これに対し、特例措置は、「親族外を含む複数の株主」から「最大3人の後継者」に対する贈与等の場合にも適用を受けることができます。
2.4. 一般措置と特例措置の違い4|雇用確保要件の緩和
一般措置では、事業承継後の5年間平均で、承継(贈与・相続)時の8割の雇用を維持しないと納税猶予が取り消されます。
特例措置では、平均8割を下回った場合でも、認定支援機関の意見が記載された「雇用確保要件を満たせない理由を記載した書類」を都道府県に提出すれば、納税猶予は取り消されません。
また、その理由が経営状況の悪化である場合又は正当なものと認められない場合には、認定支援機関から経営改善のための指導及び助言を受けて、当該書類にその内容を記載すればよいこととされています。したがって、雇用確保要件は「特例」においては実質的に撤廃されたといえます。
以上、事業承継税制の一般措置と特例措置を簡単に比較しました。
2024年3月31日 までに特例承継計画を提出した場合は特例措置が適用されるので、本記事では以下、もっぱら特例措置について解説します。また事業承継税制には、法人版と個人版がありますが、本記事では、法人版について解説します。
3. 特例事業承継税制(事業承継税制の特例措置)の適用を受けられる会社
3.1. 特例事業承継税制の適用を受けられる資格
特例事業承継税制の適用を受けられるのは、「中小企業基本法」で規定された中小企業です(下記の表を参照)。
業種分類 | 中小企業基本法の定義 |
製造業その他 |
資本金の額または出資の総額が3億円以下 または 常時使用する従業員の数が300人以下 |
卸売業 |
資本金の額または出資の総額が1億円以下 または 常時使用する従業員の数が100人以下 |
小売業 |
資本金の額または出資の総額が5,000万円以下 または 常時使用する従業員の数が50人以下 |
サービス業 |
資本金の額または出資の総額が5,000万円以下 または 常時使用する従業員の数が100人以下 |
出典:中小企業庁HP
3.2. 特例事業承継税制の適用を受けられる要件
中小企業であることに加え、以下の要件を満たすことが必要です。
- 上場会社等でないこと
- 風俗営業会社でないこと
- 資産保有型会社、資産運用型会社に該当しないこと
- 直近の事業年度における総収入金額が1円以上あること
- 常時使用する従業員が1人以上いること
- 特定特別子会社(その会社及びその代表者並びにその代表者と生計を一にする親族等が50%超の議決権を有する場合のその会社)が上場会社等、大会社または風俗営業会社でないこと
4. 先代経営者及び後継者の要件
4.1. 贈与の場合における先代経営者・後継者の要件
まず、贈与の場合に関する先代経営者・後継者の要件です。
4.1.1. 先代経営者の要件
先代経営者の要件は以下の通りです。
- 会社の代表者であったこと
- 贈与時に代表者を退任していること
- 贈与の直前において、先代経営者と同族関係者で総議決権の50%超の自社株式を保有しており、かつ、これらの者の中で筆頭株主(後継者を除く)であったこと
4.1.2. 後継者の要件
後継者の要件は以下の通りです。
- 会社の代表権を有していること
- 20歳以上であること(令和4年4月1日以降は18歳以上)
- 役員等の就任から3年以上経過していること
- 特例後継者とその同族関係者で総議決権数の50%超の自社株式を保有し、かつ、その同族関係者の中に保有株式数の上位者がいないこと(認定対象者は特例承継計画に記載された代表権を有する3人までに限る)
- 贈与のときから認定申請日まで引き続き贈与により取得した認定承継会社の株式のすべてを保有していること
4.2. 相続の場合における先代経営者・後継者の要件
次に、相続の場合における先代経営者・後継者の要件です。
4.2.1先代経営者の要件
先代経営者の要件は以下の通りです。
- 会社の代表者であったこと
- 先代経営者と同族関係者で総議決権数の50%超の自社株式を保有し、かつ、その同族関係者の間で筆頭株主であったこと
4.2.2後継者の要件
後継者の要件は以下の通りです。
- 先代経営者であった被相続人の死亡の直前においてその会社の役員であったこと
- 相続開始の日の翌日から5カ月を経過する日までに代表権を有していること。
- 相続又は遺贈により株式等を取得した代表者であり、同族関係者と合わせて総議決権数の50%超の自社株式を有し、かつ、その同族関係者の中に保有株式数等の上位者がいないこと
- 被相続人の相続開始のときから認定申請日まで引き続き相続又は遺贈により取得した自社株式の全てを保有していること
5. 贈与税の納税猶予の手続き
次に、贈与税の納税猶予を受けるための手続きについて解説します。なお、相続税の納税猶予についても同じ手続きを踏む必要があります。
5.1. 贈与税の納税猶予を受けるまでの流れ
特例事業承継税制のうち、贈与税の納税猶予制度を受けるためには、以下の手続きを踏む必要があります。
- 特例承継計画を作成し都道府県に提出する
- 自社株式を後継者に贈与する
- 認定申請書を作成し都道府県に提出
- 贈与税の申告及び担保提供
それぞれについて説明します。
5.1.1. 特例承継計画の作成
2024年3月31日までの間に、特例承継計画を作成し都道府県に提出します。なお、特例承継計画の作成にあたっては、認定支援機関の所見を添付しなければならないため、認定支援機関に作成を依頼します。
そして、先代経営者が代表者を退任し、後継者(役員就任後3年を経過している)が代表者に就任する等の適用要件をすべて満たしたうえで、次のステップである自社株式の贈与を実行します。
5.1.2. 贈与の実行
先代経営者から後継者へ自社株式の贈与を行います。
5.1.3. 認定申請書を作成し都道府県に提出する
贈与年の10月15日から翌年1月15日までに、都道府県に必要書類を揃えて認定申請を行う必要があります。
先代経営者から後継者への贈与については、「第一種特例贈与認定申請書(様式7の3)」を提出します。
また、先代経営者以外の株主から後継者への贈与については、「第二種特例贈与認定申請書(様式7の4)」を提出します。
認定申請書を提出する際は、特例承継計画又はその確認書を提出する必要があり、審査後に認定書が交付されます。
5.1.4. 贈与税の申告及び担保提供
贈与税の申告期限は、贈与を受けた日の翌年2月1日から3月15日までの間です。贈与税の申告期限内に、所轄税務署長へ贈与税の申告書と上記で交付された認定書の写しをあわせて提出します。
納税猶予分の贈与税額に相当する担保を提供する必要がありますが、贈与税の納税猶予の対象となる自社株式の全部を担保として提出すればよいこととされています。
5.2. 贈与税申告後の手続き
5.2.1.特例期間中(5年)の手続き
(1)都道府県への報告
贈与税の申告期限から5年間(これを「特例期間」といいます。)については、毎年、年次報告書(様式11)を都道府県へ提出します。提出時期は、贈与税申告期限の翌日から1年を経過するごとの日の翌日から3ヵ月を経過する日までとされています。
(2)税務署への継続届出
毎年、継続届出書を税務署へ提出します。提出時期は、贈与税申告期限の翌日から1年を経過するごとの日の翌日から5ヵ月を経過する日までとされています。
5.2.2. 特例期間(5年)経過後の手続き
(1)都道府県に実績報告
贈与税申告書の提出期限の翌日から5年を経過する日の翌日から4ヵ月を経過する日までに特例承継計画に関する報告書と報告書の写しを1通添付して、都道府県に提出します。
また、雇用者数の減少について、経営悪化又は正当な理由が認められない場合には、認定支援機関の指導及び助言を記載する必要があります。
(2)特例期間後は3年ごとに税務署に継続届出書を提出
特例期間経過後は、継続届出書を特例期間の末日から3年ごとに作成し、税務署に提出する必要があります。なお、都道府県に提出する年次報告書については、特例期間経過後は、提出は不要になります。
5.3. 猶予税額が最終的に免除される
納税猶予は、後継者が事業を続ける限り受け続けることができます。そして、以下の事由が発生した場合に、猶予税額が免除されます。
【猶予税額の全額が免除される場合】
- 先代経営者が死亡した(贈与税の免除→相続税発生)
- 後継者が死亡した
- 後継者が所定の就業困難状態に陥ったため退任した
- 後継者の次の世代へ事業承継した
- 承継期間後に会社更生手続、破産手続を開始した
- 事業継続が困難になり会社の譲渡・合併等を行った
なお、後継者の次の世代には新たに贈与税または相続税の負担が生じますが、そこで事業承継税制を利用することができます。
事業承継税制をあたかもリレーのように引き継いでいくイメージです。
5.4. 納税猶予が取り消しになるケース
しかし、以下の事由があれば、納税猶予が取り消しになり、原則として、その時点で猶予されていた贈与税(相続の場合は相続税)を納税しなければならなくなります。その場合は猶予中の利息も支払わなければなりません。
- 後継者が代表権を有しないこととなった場合
- 雇用確保要件(5年間平均で8割確保)を満たさなかった場合
- 後継者及び同族関係者の議決権の数の合計が総株主等議決権数の100分の50以下となった一定の場合
- 後継者が自社株式等の一部の譲渡等をした場合
- 会社が資産保有型会社等に該当することとなった場合
- 会社の事業年度における総収入金額が0となった場合
ただし、経営難によって会社を売却した場合や解散(廃業)した場合は、その時点での株価等をもとに贈与税または相続税を計算し直し、もともとの税額との差額が免除されます。
6. 贈与税の納税猶予から相続税の納税猶予への切り替え
贈与税の納税猶予を選択した場合、先代経営者が亡くなると、贈与税が免除され、相続税が発生します。そこで、相続税の納税猶予への切り替えを行うことになります。その手続きについても解説します。
6.1. 相続税の納税猶予の適用
株式を贈与した先代経営者が死亡した場合には、「贈与税の納税猶予税額の免除届出書」を提出することによって、後継者が適用を受けていた贈与税の猶予税額が免除されます。
一方、先代経営者に係る相続税については、贈与税の納税猶予の特例を受けた一定の自社株式を後継者が相続または遺贈により取得したものとみなして、贈与時の価額を基礎として他の相続財産と合算して計算することになります。
その際、一定の要件を満たす場合には、その相続又は遺贈により取得したとみなされた自社株式について、相続税の納税猶予の特例を受けることができます。
6.2. 都道府県知事の確認
株式を贈与した先代経営者が死亡した場合に、相続税の納税猶予の適用を受けるには、相続税の申告期限までに都道府県知事の確認を受ける必要があります。
この切替え確認を受けるには、贈与者の死亡の日の翌日から8ヵ月以内に、都道府県に切替え確認申請書を提出する必要があります。切替えの要件を満たしていれば確認書が交付されます。
7. 相続税の納税猶予の手続き
相続税の納税猶予の手続きは、贈与税の場合と基本的に同じです。上述した贈与税の納税猶予に関する手続きの内容を「相続」と読み替えます。
まとめ
事業承継税制については、特例措置ができたことにより、適用のハードルが低くなったといえます。
一般措置のみの場合は、納税猶予の割合があまり大きくなく、雇用確保要件が厳しいこともあり、適用にあたって躊躇される会社も多かったと考えます。
これに対し、特例措置では、事業承継時の贈与税・相続税の税負担が無くなりました。また、複数の株主から複数の後継者(最大3人)への贈与も対象になります。これにより、事業承継で想定される、様々な承継のケースに対応できるようになったといえます。さらに、雇用確保要件については、一定の報告を行えば納税猶予が継続しますので、雇用確保要件は実質的に撤廃されました。
以下があてはまる会社で、事業を引き継がせたい後継者がほぼ決まっている場合は、事業承継税制を利用することにより、後継者の贈与税・相続税の負担を大幅に軽減することができます。
- 業績が良く株価が高くなっている
- 後継者の納税資金の不安がある
- 親族以外の役員に株式を贈与したい
特例措置の適用を受けられる今のうちに、ぜひ、事業承継税制の活用を検討することをおすすめします。