多忙な中小企業の社長は日々の業務に追われ、自分の身に「万一の事態」が起こることまで、なかなか考えが至らない。しかし、もし社長が突然いなくなってしまったら、堅調な経営を続けてきた企業であっても、大混乱は必至だ。そのショックを軽減する方法の一つに「遺言書」がある。本記事では、民事・家事・商事事件等に幅広い対応力を持ち、なかでも相続にまつわるトラブルに強い、久恒三平法律事務所所長の久恒三平弁護士が、経営者における「遺言」の重要性を解説する。

遺言書があれば「会社存続の危機」は起こりにくい

およそ30年にわたった平成が終わり、新しい時代が始まっているが、現在、中小企業経営者の高齢化が顕著な状況となっている。しかし、高齢の経営者自身は、「まだ自分は元気であり、事業承継など先の話である」として、「遺言書」なども書いていない方が多数であると思われる。

 

しかし、我々人間の寿命など、明日交通事故に遭って途絶えてしまうかもしれないものである。

 

経営者である社長が死亡した瞬間に、その「相続」が発生するが、その社長が「遺言書」を書いていなかった場合、社長の遺産である不動産、預貯金、株式等の有価証券は、すべてその社長の法定相続人全員の「共有」状態となり、相続人全員の合意書である「遺産分割協議書」が作成されなくては、名義変更や払い戻し等もできなくなってしまう。

 

特に、亡くなった父親が会社を経営していた場合、その長男が事業承継をしようとしても、父親が所有していたその会社の株式が相続人全員の「共有」となることから、銀行融資等もスムーズに受けられなくなって、円滑な事業承継が阻害されてしまい、ひいては、その会社の従業員の「雇用の確保」ということも覚束なくなってしまう。

 

この事態に対処するためには、現社長である父親が「遺言書」を作成していればよかったのである。

 

確かに「遺言書」を書いていたとしても、各相続人には、「遺留分」があり、本来の法定相続分の半分は渡さなくてはならないから、問題は残る。

 

しかし、「自分の会社の株式はすべて長男に相続させる」という父親の書いた遺言書があれば、それによって、その内容通りの効力が生じて名義変更等も可能である。

事業承継の支障が指摘され、見直しが進んだ遺留分制度

そして、ほかの相続人の誰かから、「自分の遺留分はほしい」という意思表示があったとしても、昨年改正され、今年の7月から実施される新相続法によると、遺留分を主張する相続人は、その遺留分に相当する金銭請求を主張できるだけで、今までのように、遺産である株式等が遺言で相続する者と遺留分を主張する者との共有状態になることはなくなったことからも、「遺言書」の意義がますます大きくなったと言える。

 

すなわち、例えば、相続人が兄と弟の2人の子どもであるとき、父親が「自分の会社の株式はすべて長男に相続させる」と遺言していた場合に、弟が遺留分を主張しても、父親の会社の株式はすべて長男が相続し、所有しているのであり、弟は、4分の1に相当する金銭請求ができるだけとなったのである。

 

今までの「遺留分減殺請求権」が、改正相続法では「遺留分侵害額請求権」となったのである。

 

そして、新相続法は、上の場合で、遺留分を主張された兄が、弟に支払う遺留分相当額の金銭をすぐに用意できない場合には、裁判所が相当の支払猶予期間を許与できるという制度も作った。

 

尚、遺留分相当額の金銭支払いに対処するために、上述の場合に、父親が、自分が死亡したときの受取人を長男とする生命保険契約に加入することが考えられる。父親が死亡して、長男が生命保険金を受け取ったとしても、この保険金は、保険契約に基づいて生じたものであり、父親の「遺産」ではないことから、遺留分の対象財産とならず、長男は、この保険金で弟に遺留分相当額を支払えばよいことになる。

 

この「生命保険金」は、「遺産」ではないが、相続税法上は「みなし相続財産」として、相続税の対象財産としてカウントされるものである。

 

もちろんこれは、会社経営者に限った話ではない。我々全員が、「自分の死後、自分の遺産を誰にどのように承継させるか」という遺言書を作成しておくことが、ますます肝要となったのである。

 

 

久恒三平

久恒三平法律事務所 所長・弁護士

 

 

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