金融機関の担当者からすすめられて…
金融商品としては広く一般的な投資信託。「専門家が運用してくれる」、「少額からでも始められる」、「分散投資でリスクを軽減できる」といった特徴があり、日本国内での商品ラインナップ数は約6,000にも上ります。
国内外の株式に投資するものから幅広い資産に分散投資するもの、複雑な仕組みのものまでたくさんの種類があります。そのなかからどれがよいのか、なかなか初めからうまく選べるものではありません。銀行や証券会社の窓口で相談してすすめられた商品を購入しても、場合によってはうまくいかないこともあるでしょう。
では、多額の金融資産を持つ富裕層は、商品をうまく選んで運用できているから富裕層であり続けるのでしょうか。
富裕層には金融機関の営業担当者がついていることが一般的です。なかには、富裕層専門部署の担当者がサポートしている場合もあります。しかし、実際には金融機関の専任担当者がついているからといって運用がうまくいっているとは限りません。
資産運用において、うまくいかない、損失が出た、失敗した…というときの理由は様々です。結果的にタイミングを見誤ったということもよくあるでしょう。しかし、気を付けていれば防げたかもしれない失敗もなかにはあります。
ここではある富裕層の実例を基に、富裕層が金融機関からすすめられる投資信託で特に失敗しやすいポイントを見ていきます。
お客様は60歳代後半の、元会社オーナー夫人のS様です。10年ほど前にご主人が他界し、相続された金融資産と、そのあとに会社を売却した資金で、主に株式や投資信託で運用していました。
亡くなられたご主人は株式の投資経験が長く、金融知識も十分にお持ちでしたが、S様自身は横で見ていた程度でした。しかし金融商品として相続することになり、よく分からないことが多くてもご主人が遺されたものだからと大切に運用を継続していくことにしたそうです。
ご主人は毎月分配型の海外の債券に広く投資をする比較的安定的な投資信託を中心に、株式型の投資信託を複数保有していたようです。ご夫人が相続してからは金融機関の担当者に、分配金がもっと高い投資信託や、人気があって売れ筋といわれる投資信託を複数すすめられました。
筆者がS様から相談を受けたのは、相続が発生してから随分経ってからです。その時点で、すでに金融資産は1~2割の損失ではなく、半分まではいかないまでも4割程度は消失していました。大きく損失が膨らんだ時期は2015年から2016年にかけて。中国経済が不安視され世界的に金融市場から資金が流出した時期です。
S様は、金融機関の担当者にすすめられて、利回りが比較的高い分リスクも高い「ハイイールド債券」や新興国通貨との為替取引からも収益を狙う、いわゆる「通貨選択型投資信託」に投資。さらに「株式カバードコール戦略と通貨カバードコール戦略を組み合わせた複雑な仕組みの投資信託」も保有されていました。
最近は異常に高い分配金を出す投資信託や、複雑な仕組みの投資信託は資金流入額が伸び悩んでいますが、S様のように結果的に大きく損失が出たとしても、商品自体が悪いわけではありません。これらは高い利回りの債券や高金利の通貨から得られる運用益を手軽に期待できる商品です。さらに個人投資家ではなかなか手が出せないオプション戦略の一つであるカバードコール戦略を加えることで、オプションプレミアム収益を上乗せすることができるといった特徴があります。
問題は、S様の考えていたこと(投資目的)と商品の特徴がまったく合っていなかったことです。もし投資のタイミングが違えば、結果オーライだった可能性もあります。しかしS様のケースでは失敗から学ぶ大切なポイントがあります。
「売れ筋」や「新発売」の投資信託には注意
①投資目的と商品の特徴が一致しない
S様の意向は、高いリターンではなくても安定的に運用したいというものでした。しかしS様が保有した「通貨選択型ハイイールド債ファンド」は、利回り商品ではありますが、比較的価格変動が大きく、選択する通貨や金利の変動の影響も受けます。
またカバードコール戦略はオプションプレミアム収益という安定収益獲得に着目することもできますが、一方で価格上昇分はギブアップする代わりに下落時は含み損としてそのままリスクを負ってしまうという戦略です。安定運用を期待した選定としては認識と商品の特徴に大きなずれがあったといわざるを得ません。
②保有する金融商品がどのようなものか直感的に理解できない
プロではない一般の投資家が、投資信託などの金融商品の細かい仕組みや、想定される市場の変化に価格がどう動くか、100%理解することは困難です。ですから、まず直感的にわかりにくいな、と思った商品はどんなによい点を強調されても避けたほうが無難です。予想と異なる動きをしたときに、なぜそのような価格変動になったのか、今後はどう考えたらよいのか、とても判断が難しくなってしまいます。
S様もどうしてよいかわからず非常にストレスを感じたそうです。中長期で保有することが多い投資信託は、わかりやすさとコスト面を考えてなるべくシンプルな商品のほうがよいでしょう。
③売れ筋商品や新商品は一歩引いて見る
金融商品の説明では、数字で説明される部分が多いです。利回りの高さや残高の大きさなど、数字のデータには説得力があります。しかし、売れ筋商品や新商品というワードには気を付けてください。S様も、「売れ筋商品です」といわれて提案を受けました。しかし、これを売る側から見ると、売れ筋商品や新商品は「今売れている」、つまり多くの人が買っている商品です。売れる、売りやすいと判断されて商品化されているケースが多く、すでに価格が上昇している可能性があります。
そもそも、とても人気があり売れている商品だからといってS様の意向に合致しているとは限りません。それに、売れ筋商品は旬なテーマを捉えたものが多く、旬が過ぎれば解約注文が増えて価格下落圧力が強くなってしまうことがよくあります。純資産残高がとても大きい売れ筋商品は、もしかしたらすでにタイミングを逸してしまっている商品なのかもしれないのです。
金融商品の特徴や概要は「目論見書」の冒頭にある
このように、金融機関の充実したサポートを受けている富裕層でも、投資信託選びで失敗してしまうことはあります。金融商品ですから価格変動はつきものですが、失敗を減らしたり防いだりするために、少なくても下記のポイントは押さえてください。
●投資目的を実現するための手段として商品の特徴が合っているか確認する
●商品概要や仕組みを見て直感的にわかりにくいと感じた商品は避ける
●売れ筋商品や新商品は市場価格がすでに上昇している可能性があるため注意する
いかがでしょうか。金融商品の特徴や概要は目論見書の冒頭に大きく記載されています。普段はなかなか目論見書をじっくり読み込むことはないかもしれませんが、少なくともこの部分は目を通しておくことをおすすめします。
ここまで読んだ方は一つの疑問を持たれたかもしれません。2016年以降、米国を中心に世界の市況は回復傾向となりました。S様の資産も少なからず回復の兆しが見えたそうです。しかし、実は本当に残念だったのは、S様が大きく資産を減らしてしまったときに保有していた投資信託はすべて売却し、株式などのリスク性資産が入っていない安定的な商品を購入してしまったことです。
なぜこのようになったかといいますと、S様はゆっくりでも安定的に回復していくような運用を希望すると担当者に伝えましたが、損失が大きく出てしまったため担当者は「安定的」という言葉を聞き、またもや当時売れ筋となっていた「安全型商品」を提案し、結果的に市況回復の大部分を取り損なってしまっていたのです。
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