借入れと返済の実績が、その後の融資につながっていく
秘訣1/35 融資を受ける最大のチャンスは“創業前”
日本政策金融公庫とは、100%政府出資の金融機関であり、政策に基づいて中小企業や個人事業主の資金調達ニーズに積極的に対応しているのが特徴です。では、なぜ独立開業前に、公庫を味方につけることが大事なのかを解説していきましょう。
「雨が降る前に、晴れのうちに傘を借りるべし」。会社の業績が悪化する前に資金調達をする重要性については、既に申し上げたとおりです。
ではその最大のチャンスはいつでしょうか。好調な業績をキープし続けられれば、時期を選ぶ必要はありませんが、商売は浮き沈みがあるのが常です。
ビジネスを始める際には創業資金が確実にかかる一方で、売上は見通しが立ちにくいものです。売上が安定し、黒字転換するには、平均して創業後6~7カ月かかります。
経営がどうなるか分からないならば、数字で明確に“通信簿”、つまり業績が明らかになる創業前に借入れを実践します。これが創業後、1~2年で資金が枯渇するようなリスクに対する布石となり、金融機関にとっても「計画性を持って資金調達を実践している」という評価につながるのです。
創業前融資の最大のメリットは、決算書(個人事業主の場合は、確定申告書類や売上実績)がなくても借りられることです。
審査の基準となるのは、独立前の会社員時代の経験値などの経歴、自己資金、さらに事業プランが明確か、将来性があるかどうかです。
“商売は水物”で、蓋を開けてみなければ分からないものですが、創業前に限っていえば、計画性を持って、事業につながる一定の経験を積み、自己資金を貯め、事業プランをしっかりと練っておきさえすれば融資を受けられる可能性は高いのです。
逆に言えば、創業前なら借りられたものを、創業半年経ったところで業績が赤字になってしまったゆえ、“借りられない人”へと転落してしまうケースも多々あります。
創業当初は、最初にかかる設備資金をはじめ、あれこれと持ち出しが多く、貯えたつもりの現預金もみるみるうちに減っていきます。時間が経ち、手元資金がなくなり、業績が数値でクリアになってくるほど、資金調達は難しくなるのです。
だからこそ、一番借りやすい創業前・創業時に融資を受け、余剰資金を作っておく。こうして借入れと返済の実績を積むことが、その後の融資につながっていくのです。
借りていた資金で「売上ほぼゼロ」期間を持ちこたえ…
事 例 創業前の融資900万円で売上低迷を乗り切ったAさんと融資を受けずに失敗したBさん
創業前の融資の実践の有無によって、経営の明暗を分けたAさんとBさんのケースをご紹介しましょう。
Aさんは脱サラで飲食店を開業。数年かけて競合店も研究し、こだわりのメニュー、内装でオープンにこぎつけます。ところが予算の関係で立地が今ひとつ辺鄙だったこともあり、たちまち鳴かず飛ばずの閑古鳥状態に陥ります。
毎日、せっかく仕込んだ料理や食材をやむなく破棄するような苦しい数カ月を過ごすことになりますが、そのときの生活の支えとなったのが、創業時に受けた融資の900万円でした。
Aさんは、綿密な独立プランを立て、会社員時代に貯めた預金も潤沢にあり、店舗資金も自己資金内でまかなうことができました。必ずしも融資を受ける必要性はなかったのですが、自己資金があったことと事業計画がしっかりしていたこともあり、融資を受けることが可能とわかり、「万が一のために借りておこう」と決断したのが功を奏したのです。
その結果、利益がほぼゼロの状態が続くなかでも、メニューや業態を再考し、リスタート。見事、経営を立て直すことに成功したのです。
もう一人のBさんは、不動産会社勤務を経て、不動産販売のビジネスで独立。前の会社では敏腕営業マンとして知られ、最初から好立地に広い事務所を構え、スタッフも雇用し、万全の体制で独立を果たします。
自己資金とキャリアから見ても、融資を引き出せる素養を兼ね備えていたものの、自信があったのでしょう。融資を受けることなく事業をスタートしました。
ところが、運悪く不動産市況が陰りを見せ始めた時期と重なり、売上がダウン。家賃の安いオフィスに移転し、スタッフも減らしたところで、金融機関にも融資を申込みますが、売上、利益とも低迷している状況で貸してくれる銀行は現れません。
結局、借入れができないまま、資金が枯渇。会社をたたみ、再び会社員に戻ることとなりました。
ビジネスに“絶対”はありません。ならば、借入れができるときに借りておく。資金についても創業前からの万が一に備えた融資の実践が成功のカギを握るのです。
融資の基準となるのは、自己資金・経験値・信用情報
秘訣2/35 創業融資の審査は「自己資金×経験値」で決まる
金融機関の融資に対する本音は、「貸したら返してくれる人に貸したい」というものです。その「返してくれるのか」の基準が自己資金と経験値、そして信用情報になります。
ここでは自己資金と経験値について、注意するべきポイントを解説していきましょう。
まず、自己資金はいくらあればいいのか。創業支援に力を入れている公庫の「新創業融資制度」では、融資の上限として「自己資金の9倍」と謳われていますが、実際には2~5倍程度が目安となります。
もう一つの制度「中小企業経営強化資金」には、自己資金の要件はありません。だからといって自己資金がゼロでは融資を受けることはまず難しいと言えます。
自己資金は多いに越したことはありませんが、高額ならば無条件にOKというわけではありません。数十万円の自己資金でも融資に成功している人もいれば、数百万円の自己資金を用意しても融資に失敗している場合もあるのです。
その詳細に関しては、追い追い解説していきますが、一ついえるのは自己資金だけで融資の審査が決まるのではなく、経験値やビジネスプラン、そのほか、熱意などの掛け合わせで判断されるということです。また、額の多寡だけでなく、入手ルートも大事な要素です。
貯めておくべき額の目安を挙げるならば、先の「新創業融資制度」では創業資金10分の1以上の額が要件となっています。1000万円借りるとして、最低でも100万円程度はがんばって貯めておきましょう。
経験値については、これから始める事業に関して経験値があるかが問われます。
まったくの未経験ならば、アルバイトでいいので最低でも半年~1年ほどの経験を積んでから申込みをするのが、融資を成功させるポイントです。
経験値で高評価を得るためには、6年以上の経験値が欲しいところですが、さすがにそこまで時間をかけられないという方は、最低でも半年~1年程度は、経験を積んだほうが融資を受けやすいです。もちろん経験は長ければ長いだけ評価が高くなるということも覚えておきましょう。
花屋を開きたいのであれば、花屋でのアルバイト。焼肉屋を開きたいのであれば、焼肉屋でのアルバイト。どんなに本やネットで情報を得ても、実際に働かなくてはわからないことも多くあります。
将来的にビジネスを成功させるためにも、独立前に同業他社で働き、業界の知識や経営ノウハウをしっかり吸収し、融資の面談の際にきちんとアピールすることが肝心です。
田原 広一