<あらすじ> 倉田資郎は、友人・山本から紹介されたマナミと愛人関係を結んだ。数ヵ月が経ち、妻との関係にも微妙な変化が現れ始めている頃、山本の父が愛人の部屋で死んだという連絡が入る。妻と愛人。2つの特別な存在について想いを馳せる倉田だが、そんな折、マナミから「相談したいことがある」とメッセージが…?  一部の富裕層しか知らない「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、夫編〜第8回。

愛人から「相談がある」と言われたら、大抵はお金の工面か別れの提案だ。

 

まだ始まって数ヵ月の関係を、簡単には終わらせたくはない。妻とマナミのどちらを選ぶかと迫られたら答えは決まっているが、まだ妻にバレてない以上、できるだけ長く夢を見ていたいと思うのが男の性だ。

 

「こんなこと言いにくいんだけど……少し生活費を借りたいの」

 

「それは構わないけど、どうしたの?」

 

「実は……」

 

ホステス時代の貯金が減ってきたので、マナミは昼間、派遣の仕事を始めたらしい。

 

「直属の上司がすごく嫌な人だったの。何度もセクハラみたいなことをされて、頭にきたから、つい……」

 

皆の見ている前で、マナミは上司の頭をバインダーで叩いてしまったらしい。

 

「やるねぇ。スカッとしただろ?」

 

「笑いごとじゃないよ。それでクビになっちゃったんだから」

 

その上司は、暴力を受けたと派遣会社に報告した。もちろん、セクハラの件は伝わっていない。

 

「すぐ次の派遣先を紹介してもらえると思ったら、そんな勤務態度では難しいって」

 

誤解が解けぬまま仕事を干されてしまったマナミは、どうしていいかわからず、とりあえず倉田に相談した。

 

「税理士を目指しているんだったら、勉強に集中した方がいいだろ。マナミさえよければ、うちの会社の社員にならないか?」

 

「どういうこと? 勉強に集中すればいいの? 社員になればいいの?」

 

「社員というのは名義だけさ。そうすれば、マナミにお給料として生活費くらいは融通できるから(※)」

 

「お給料もらうなら、私、資郎の会社の経理やるよ」

 

「大丈夫。経理スタッフは間に合ってるから」

 

「架空の社員にするなんて、バレたらまずいんじゃないの?」

 

「平気平気。ウチはSOHOのスタッフも多いから、出勤しなくても怪しまれたりしないって」

 

ふーん、とマナミは不思議な顔をした。

 

「今度、契約書持ってくるから、一応形式だけ記入してもらえるかな」

 

「わかった。ありがとね。すごく助かる」

 

不安そうな顔が微笑みに変わり、マナミは倉田に優しくキスをした。

 

セミロングの柔らかい髪から、フワッとすずらんの香りがした。

 

+ + + 

 

「で、うまくいったのか?」

 

「うん。昼間の派遣クビになったって言ったら、架空の社員にしてお給料出してくれるって」

 

「やったじゃん。それにしてもそのオッサン、人がいいよな。簡単に信じちゃうなんて」

 

「そうね。そもそも派遣なんて嘘なのに」

 

「マナミに入れ込んでるなら、そんな嘘つかなくてもフツーにお手当くれたんじゃん?」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「ま、金は天下の回りもの。どんな名目でも、愛人として堂々と貰えばいいじゃん」

 

男は電子タバコをふかしながら、マナミの肩を抱き、髪の毛を弄んだ。

 

「ところでそっちはどうするの?」

 

「俺? 俺は順調だよ」

 

「住むところ見つかったなら、そろそろ出てってよ」

 

「そんなこと言っちゃっていいの? 本当は一人じゃ寂しいんだろ?」

 

何もかもお見通しだ。

 

愛人を好きになりかけていることも、転がり込んできた男に、気持ちが揺らいでいることも。

 

「しかしお前、変わんねーよな。悪どいことしてるくせに、ウジウジしちゃって。知ってるぜ、高校の頃、お前がエンコー(援助交際)してたこと」

 

「もう昔の話じゃん……」

 

「まぁな。でも尊敬するよ。一見、世の中のこと何も知らないような顔してるくせに、昔っから男に貢がせて生きてるもんな」

 

「やめてよ……」

 

過去の弱みを握られているというのは、あまりいい気がしない。反面、腹黒い部分をすべて知った上で、共犯者のように寄り添ってくれるこの男の隣にいると、妙な安心感がある。

 

「来月、マンション貰ったら出て行くよ」

 

「貰うって?」

 

「客が買ってくれるって言うからさ」

 

お互い様だな、とマナミは思った。

 

気持ちを揺さぶり、男に貢がせて生きるマナミ。

 

女に頼って、オイシイ思いをしている男。

 

でも不思議と男は、マナミには貢がせない。

 

部屋に転がり込んで居候しているが、生活費の半分は出してくれている。

 

来月からは、倉田がお手当をくれる。生活に困ることはない。

 

男が出て行けば、元の暮らしに戻るだけだ。

 

こんなロクでもない男、好きになったらきっと後悔する。

 

だけど理性とは裏腹に、マナミは男に抱かれたいと思ってしまう。

 

唇を重ね、瞼を閉じる。

 

そういえば、倉田からも男からも「愛している」と言われたことがない。

 

どちらを選んでも幸せになれないのは、 どちらの男にも心を預けていないからだ。

 

それでも躰は男の愛撫に溶けてしまう。そんな自分の愚かさが、マナミは時々イヤになる。

 

あと少しで達しそうなタイミングで、スマホの通知音が鳴った。

 

薄目でベッドサイドを見て、ランプの色に身体の奥のほうがドクン、と反応した。

 

(つづく)

 

〜監修税理士のコメント〜

※愛人を雇用すれば、給料をお手当にできる?


編集N 愛人を社員(またはアルバイト・パート扱い)にして、お手当を「給与」として支払えば、本妻にもバレずポケットマネーにも響かないから都合いいですよね?

税理士 そもそも勤務実態のない人を雇用扱いにするのは「架空人件費」になりますからアウトですよ。仮に給与で支払った場合には、会社としては源泉所得税や社会保険料を給与から徴収して納付しなければなりませんし、社会保険料の会社負担分も生じますから、事務量と資金的負担の両方が増えてしまいますね。

編集N 社内には秘密にしておいて、たとえば総務や事務要員として実際に出勤させればセーフになりますよね。

税理士 もちろん本当に労働しているならばOKですが、愛人としては、そんな労働させられたらお手当じゃなくなりますよね(笑)。

編集N 素朴な疑問なんですが、税務調査で架空の社員がいるかなんて、わかるもんなんですか?

税理士 国税局(税務署)を甘く見てはいけません。税務調査では架空人件費がないかどうかは常にチェックしています。その中から愛人の存在が浮かび上がってくることもあります。

具体的には、採用時の履歴書、社員名簿(住所録)や毎月のタイムカード、社内の座席表や内線番号などから実在する人かどうかをチェックし、通勤手当や残業代の支給、社内の各種書類から実際に職務を行っているかどうかを調査しています。

勤務実態のない愛人を社員と装って給与を支払う行為は仮装行為になります。経費にならないのは勿論、重加算税の課税対象にもなりますので安易な発想は危険です。

編集N 悪いことはできないもんですね。おみそれしました!

 

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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この物語はフィクションです。

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