遺産分割の対象になるのは、分割時に現存する遺産のみ
⑴ 遺産分割の対象となる財産の確定時期
ここでは、遺産分割の対象とする財産は、どの時点を基準として確定すべきか、また、評価をすべきか、検討したい。
まず、遺産分割の対象となる財産の確定時期について、すでに述べたとおり、相続開始時に存在した遺産が、遺産分割をする時点で必ずしも存在するとは限らない。たとえば、建物であれば火災や地震により滅失する場合があるかもしれない。株式であれば、相続人が処分をして、遺産から逸失している場合があるかもしれない。
この場合に、相続開始時に存在していた遺産を対象として遺産分割をするべきなのか(相続開始時説)、それとも、遺産分割時に現存する遺産のみを遺産分割の対象とするべきなのか(遺産分割時説)が問題となる。
この点、東京家審昭和44・2・24家月21巻8号108頁は、「相続開始当時存在した遺産たる物件であっても、遺産分割の審判時に現在しないものは、分割審判の対象とすることはできない」としており、家庭裁判所の審判では、遺産分割時説が採用されており、実務上も通説となっている。
遺産分割は共同相続人の共有財産をその相続分に従って公平かつ合理的に分配する制度であり、新たな権利または法律関係を形成することを本質的な目的とするからであるとされている。
審判や調停によらない遺産分割協議の場合に、いずれの説を採用するかは、結局のところ、共同相続人全員の意思によることになる。
しかし、遺産分割協議が成立しない場合には、調停や審判によることになり、一般的に、共同相続人にとって、現存しない財産を分割取得することの利益は見出しづらく、遺産分割時説によったほうが、多くの場合、遺産分割手続を円滑に進めることができると思われる。
滅失・逸失した財産が保険金や売却代金に転化していたり、滅失・逸失するまでの間に賃料や配当金などを発生させていた場合などは、相続開始時説によって、当該財産を取得する利益もあるように思われるが、これらは、後に述べる代償財産や果実の扱いの問題として解決を図ることができるので、このことによって相続開始時説を採用する必要性はない。
財産の評価時期の基準は「遺産分割時」とする例が多数
⑵ 遺産分割の対象となる財産の評価時期
次に、遺産分割の対象とする財産の評価は、いつの時点を基準とすべきかについて検討したい。
この問題についても、相続開始時を基準とするべきとの考え(相続開始時説)と、遺産分割時を基準とするべきとの考え(遺産分割時説)に分かれているところであるが、札幌高決昭和39・11・21家月17巻2号3頁は、「遺産分割のための相続財産評価は分割の時を標準としてなされるべきものである」とし、福岡高決昭和40・5・6 家月17巻10号111頁は、「遺産の分割は、共同相続人が相続に因りその共有に帰した相続財産を、その後分割の時点において、相続分に応じこれを分割するのを建前としているのであるから、相続財産の評価は相続開始時の価額ではなく、分割当時のそれによるべきものと解するのが相当である」とするなど、裁判例も遺産分割時説を採用するものが多く、実務上も通説となっている。
一方で、遺産の確定時期と同様、評価時期についても、共同相続人全員の意思により、いずれの説を採用してもよいが、現実に分割する時点ではない相続開始時の評価を採用すると、遺産分割時に価値の減少している財産を取得した相続人にはどうしても不平等感を拭えず、共同相続人間の衡平という観点からは、遺産分割時説を採用したほうが無難であると思われる。
また、遺産の確定時期について遺産分割時説が実務上一般的に採用されていることを考えると、法的な整合性の面からも、評価時期についても遺産分割時説を採用するのが合理的であると思われる。
[図表]遺産分割の対象となる財産の確定と評価の時期(遺産分割時説)