今回は、遺産分割時に大きな問題となる「使途不明金」について見ていきます。※本連載は、一般社団法人日本財産管理協会による編著、『遺産承継の実務と書式』(民事法研究会)の中から一部を抜粋し、相続開始から遺産分割までの「遺産変動」に関する基礎知識を紹介します。

相続開始前後、被相続人の現金が無断出金されると…

⑴ 使途不明金とは

 

前回紹介した代償財産の問題と関連して、重要な問題の一つに、使途不明金(相続開始前後に相続人の一部の者等が預貯金等の相続財産から無断で自己使用等した金員)の問題がある。使途不明金も、相続開始後のものは、遺産分割前に相続財産から逸失する財産そのものであり、この点で、代償財産の問題と類似している。

 

相続開始の前後において、被相続人の現金や預貯金等の金融資産の一部または全部について出金(払戻しや送金等)がされている場合がある。

 

相続開始前であれば、被相続人自身がその意思により出金をして使用しているのが一般的であり、通常は、特別な問題は発生しない。しかし、被相続人の預貯金等からの出金を、被相続人以外の者が行っている場合もある。

 

これには、①法定代理人(成年後見人等)や委任を受けた任意の代理人(預貯金管理を任された家族等)など適法に預貯金等の出金を行う権限のある者である場合もあるし、②何らの権限もなく無断で出金をしている者である場合もある。

 

①の場合で、その代理権等の権限の範囲で出金をしているのであれば、適法であり問題はなく、また、たとえ代理人等が出金をした金銭を自己使用したものだとしても、それが、被相続人の贈与によるものであった場合はこれも適法である(ただし、贈与の場合は、相続開始後に、特別受益(民法903条)の問題となる可能性はある)。

 

問題なのは、①の場合でも、その権限の範囲を超えて、預貯金等からの出金をして使用したのであったり、②の場合のように、何らの代理権等の権限もなく、被相続人に無断で出金をして使用した場合である。

 

そして、このような出金は、多くの場合、被相続人と同居しているなど近しい存在で、被相続人の通帳や印鑑、キャッシュカード等を預かる、または預けられている立場である家族等が、同じ家計であるからなどという理由から、安易に出金をしてしまう場合が多い。

 

さらに、これらの家族等は、共同相続人の一人となる場合が多く、他の共同相続人との間で、これらの出金について問題となることが多い。

 

このような、権限を越えて、あるいは権限なく、被相続人の預貯金等の財産から無断で出金され使用されたものを、ここでは、便宜「使途不明金」と呼ぶこととし(無断使用された金銭について、必ずしもすべて使途が不明とは限らないが、被相続人本人の意思により、また適法に使用されたかどうか不明であるという面から、ここでは「使途不明金」という言葉を使用する)、この使途不明金について、法律上どのように考えるべきか、そして実務上どのように取り扱うべきか、使途不明金の発生が相続開始前であった場合と相続開始後であった場合に分けて検討する。

預貯金等の出金をした者には、返還請求等を行うことに

⑵ 相続開始前の使途不明金は遺産分割の対象となるか

 

相続開始前の預貯金等からの出金は、通常であれば、被相続人自身(あるいは適法な代理人等)による出金であり、また、相続開始前の預貯金等からの出金のすべてについて、逐一、適法な出金であるのか調査することは現実的には困難であるので(これを突き詰めると出生からのすべての取引を調査することになる)、通常は、使途不明金の出金当事者からの相談や申出、または、使途不明金の蓋然性が高度である場合に他の共同相続人からの積極的な相談や申出があってからの検討となろう。

 

相続開始前の使途不明金は、その出金があった時点で、被相続人から当該出金を行った者に対し、不当利得による返還請求権(民法703条)や不法行為による損害賠償請求権(同法709条)が発生したと考えることができる。そして、これらの請求権は、相続開始時において、被相続人の相続財産を構成することとなる(同法896条)。

 

さらに、これらの請求権は可分債権であるから、遺産分割を待つまでもなく、相続開始と同時に、共同相続人が相続分に応じて固有の財産として取得することとなるとするのが判例に沿った考え方である(最判昭和29・4・8 民集8 巻4 号819頁)。

 

なお、ここでいう「相続分」は、特別受益(民法903条)や寄与分(同法904条の2 )を考慮した結果としての具体的相続分ではなく、本来的相続分(法定相続分(民法900条)または指定相続分(民法902条))を指すものと解される。

 

最判平成12・2・24民集54巻2 号523頁は、「具体的相続分は、このように遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって、それ自体を実体法上の権利関係であるということはできず、遺産分割審判事件における遺産の分割や遺留分減殺請求に関する訴訟事件における遺留分の確定等のための前提問題として審理判断される事項であり、右のような事件を離れて、これのみを別個独立に判決によって確認することが紛争の直接かつ抜本的解決のため適切かつ必要であるということはできない」と判示し、具体的相続分は、あくまで遺産分割等の具体的相続分が必要とされる場面での前提計算として意味があるものであって、実体法上の権利関係ということはできないとしている。

 

したがって、遺産分割を待つまでもなく、法律上当然に分割されるとする可分債権にあっては、本来的相続分が適用されるものと解される。

 

以上から、相続開始前の使途不明金には、各共同相続人が、預貯金等の出金をした者に対して、その法定相続分(または指定相続分)に応じて返還請求や損害賠償請求を行うこととなるのが原則である(出金をした者が共同相続人の一人である場合は、当該相続人の自己の相続分に係る返還請求権等の債権と債務が原則として混同(民法520条)により消滅することとなる)。

 

しかし、前述のとおり、実務では、可分債権についても、共同相続人全員の合意があれば、遺産分割の対象とすることも許容されており、上記の不当利得返還請求権や損害賠償請求権を遺産分割の対象とすることも可能である。

 

特に、使途不明金の出金の当事者が共同相続人の一人であるような場合は、使途不明金を遺産分割の対象とすることによって、共同相続人間の問題を穏便に解決できる場合がある。

 

つまり、共同相続人の協議により、使途不明金の返還請求権等を、当該使途不明金の返還等義務者である相続人が取得するものとすれば、当該相続人は自己の返還等債務に対する返還請求権等を取得することになり、自己の債権・債務を混同により消滅させることができ、他の共同相続人としては、当該使途不明金に係る相続人が返還請求権等の遺産を取得したわけであるから、その分、その他の遺産について相続分に応じて多くの取得割合を主張することができる。

 

これにより、使途不明金を請求したり、返還等を行う手続の負担がなくなり、民事訴訟手続等による紛争に発展することも防止することになる。

 

ただし、当該使途不明金の返還請求権等以外に遺産がほとんどない場合や、相続人間で使途不明金を遺産分割の対象とすることの合意が得られない場合は、原則どおり、各共同相続人が相続分に応じた額を請求せざるを得ないであろう。

 

以上のような、相続開始前の使途不明金に係る不当利得返還請求権や損害賠償請求権を遺産分割の対象とする場合には、遺産分割協議書において、「被相続人の次の遺産は、相続人○○○○が取得する。

 

○○銀行○○支店の被相続人名義の普通預金(口座番号○○○○)における平成○○年○○月○○日付け払戻金100万円に係る返還請求権」などと明記しておくことが考えられる。

 

この話は次回に続く。

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