被相続人の預貯金等から払うケースが多いが…
⑴ 葬儀費用とは
相続が開始すると、葬儀費用の負担を誰が負うべきかという問題が出てくる。葬儀費用は、相続開始後直ちに必要となる費用であるから、喪主や相続人が、自らの財産より支払うか、被相続人の預貯金や現金から支払う場合が多い。
この場合に、喪主等の葬儀費用の支払者が、自らの財産からの負担でよしとして他に負担を求めなかったり、被相続人の財産からの負担とすることで共同相続人間に合意が形成されていたりする場合はよいが、喪主等の葬儀費用の支払者が他の相続人に対して費用の分担を求めたり、葬儀費用を相続財産の負担とすることに反対する相続人がいたりする場合には、問題となる。
葬儀費用は、相続開始後に発生する債務であるから、相続財産(相続債務)そのものであるとは解しがたい(ただし、被相続人が生前に自己の葬儀に関する契約を締結していたなどの特別な事情がある場合は、その限りにおいて相続債務となる場合もあると解される)。
したがって、純然たる相続債務の場合(最判昭和34・6・19民集13巻6 号757頁)のように、当然に相続人が法定相続分に応じて負担すべきものとはできないため、葬儀費用を誰が負担すべきかということが問題となる。
葬儀費用の負担者については明文の規定が存在しない
⑵ 葬儀費用は遺産分割の対象となるか
葬儀費用を誰が負担するのかという問題については、明文の規定は存在せず、諸説分かれており、裁判例も一致していない。葬儀費用の負担者の問題には、主に、次の①~④の四つの説がある。
① 喪主負担説 葬儀費用は葬儀を主宰した喪主が負担すべきとする説である(東京地判昭和61・1・28判時1222号79頁、名古屋高判平成24・3・29裁判所HP(追悼儀式の費用は喪主、埋葬等の費用は祭祀承継者とした)など)。
② 相続人負担説 葬儀費用は相続人で共同して負担すべきとする説である(東京高決昭和30・9・5 家月7 巻11号57頁(葬儀費用の負担は、法律上当然に法定相続分に応じて分割して承継するとした)など)。
③ 相続財産負担説 葬儀費用は相続財産から支弁すべきとする説である(盛岡家審昭和42・4・12家月19巻11号101頁、東京地判平成24・5・29判例集未登載など)。
④ 慣習・条理説 葬儀費用の負担は、その地方や親族団体内における慣習または条理により決するべきとする説である(甲府地判昭和31・5・29下民集7 巻5 号1378頁など)。
裁判例は、近時、前掲名古屋高判平成24・3・29を典型として、喪主負担説が優勢といわれているようであるが、判決時期の近い前掲東京地判平成24・5・29は相続財産負担説を採用しているなど、立場が確立しているとはいえない。
なお、前掲名古屋高判平成24・3・29は、
「葬儀費用とは、死者の追悼儀式に要する費用及び埋葬等の行為に要する費用(死体の検案に要する費用、死亡届に要する費用、死体の運搬に要する費用及び火葬に要する費用等)と解されるが、亡くなった者が予め自らの葬儀に関する契約を締結するなどしておらず、かつ、亡くなった者の相続人や関係者の間で葬儀費用の負担についての合意がない場合においては、追悼儀式に要する費用については同儀式を主宰した者、すなわち、自己の責任と計算において、同儀式を準備し、手配等して挙行した者が負担し、埋葬等の行為に要する費用については亡くなった者の祭祀承継者が負担するものと解するのが相当である」
「なぜならば、亡くなった者が予め自らの葬儀に関する契約を締結するなどしておらず、かつ、亡くなった者の相続人や関係者の間で葬儀費用の負担についての合意がない場合においては、追悼儀式を行うか否か、同儀式を行うにしても、同儀式の規模をどの程度にし、どれだけの費用をかけるかについては、もっぱら同儀式の主宰者がその責任において決定し、実施するものであるから、同儀式を主宰する者が同費用を負担するのが相当であり、他方、遺骸又は遺骨の所有権は、民法897条に従って慣習上、死者の祭祀を主宰すべき者に帰属するものと解される……ので、その管理、処分に要する費用も祭祀を主宰すべき者が負担すべきものと解するのが相当であるからである」
と判示し、前掲東京地判平成24・5・29は、「葬儀費用323万1904円、葬儀に近接する法要の費用(27日、37日、47日、57日、67日法要2 万5000円、49日法要15万2530円)及び納骨費用2 万円は、亡Aの死亡に伴って社会通念上必要とされる費用であって、原告も亡Aの遺産の中から相続分に応じてその費用を負担することを受忍すべきものといえる」と判示している。
結局のところ、葬儀費用の負担者を誰にするかは、まず第一に、相続人等の相続関係当事者の自治に委ねられており、その解決が図られない場合には、民事訴訟手続により、その事案に沿って妥当な解決が図られるように葬儀費用の負担者について判断がされているといえる。
遺産分割協議書に記載し、合意を明確にすることが重要
⑶ 実務対応のポイントと遺産分割協議
これまで述べてきたとおり、葬儀費用は、相続開始後に発生する債務であるから、相続財産そのものとは解されないため、遺産分割の対象とならないのが原則である。したがって、遺産承継業務の受任者が積極的に葬儀費用の負担について、相続人間での合意を求める必要は本来はないと考える。
しかし、相続人間で葬儀費用の負担の合意が形成され、これを遺産分割協議の内容とすることを希望する場合は、遺産承継業務の受任者としては、当該合意を明確にすることにより将来の紛争を予防する観点からも、これを遺産分割協議書に記載することが望ましいと考える。
前述のとおり、葬儀費用の負担には、明文の規定がなく、第一に当事者の自治に任されているから、遺産承継業務の受任者としては、中立的な立場から、すでに述べた各説のような負担方法があることを紹介する程度にとどめ、負担方法が争いになっている場合に、特定の当事者の利益に資するような対応は決してとらないよう注意すべきである。
葬儀費用の負担の問題について紛争となった場合には、当事者間で民事訴訟等の手続によって、遺産承継業務の手続外で解決してもらうよりほかない。
葬儀費用が相続財産から支出されているような場合でも、すでに述べたとおり、遺産分割の対象財産の確定時期については遺産分割時説が実務上とられていることから、残存財産について遺産分割をしていくこととなる。
なお、葬儀費用は、葬儀社等に支払う当初においては、①喪主等の特定の者が自己の財産より支出するか、②相続財産である預貯金や現金等から支出するかのいずれかとなる。
①の場合に喪主負担と合意する場合や、②の場合に相続財産の負担と合意する場合は、そのままの負担者で確定するのみであるので、負担者との間での費用の清算は不要であるが、①の場合に相続財産負担や相続人共同負担と合意する場合や、②の場合に喪主負担や相続人共同負担と合意する場合には、負担者との間での費用の清算方法についても遺産分割協議書に記載しておくのが望ましい。
たとえば、遺産分割協議書において、葬儀費用を喪主負担とする場合には、「相続人の全員は、喪主である相続人○○○○が葬儀費用を負担することを確認する」などと明記し、葬儀費用を相続財産負担とする場合には、「相続人の全員は、喪主である相続人○○○○が立て替えた葬儀費用○円のうち、同人が香典として取得した○円を差し引いた○円を被相続人の遺産からの負担とすることを確認した」としたうえで「喪主である相続人○○○○は、前項の金員○円を、第○条に掲げる被相続人の遺産から取得するものとし、その余の葬儀費用を他の相続人に請求しない」などと明記しておくことが考えられる。