今回は、相続開始後に発生した「使途不明金」の問題と、その解決方法を説明します。※本連載は、一般社団法人日本財産管理協会による編著、『遺産承継の実務と書式』(民事法研究会)の中から一部を抜粋し、相続開始から遺産分割までの「遺産変動」に関する基礎知識を紹介します。

葬儀費用など、使途が明確なら相応の対応が可能だが・・・

前回の続きである。

 

⑶ 相続開始後の使途不明金は遺産分割の対象となるか

 

相続開始後に、被相続人名義の預貯金等から出金がある場合は、被相続人が出金をしたことはあり得ないことから、その出金の当事者と使途について、慎重に確認をする必要がある。

 

当該出金が、遺産の管理費用にあたる場合や、葬儀費用として使用されている場合には、遺産の管理費用や葬儀費用の清算の問題となる。

 

また、引落し等によって相続債務が預貯金等から弁済されている場合もあるが、相続債務は共同相続人が法定相続分に応じて負担するものであるから、遺産分割前の法定相続分に応じた共有状態である相続財産から、相続債務が弁済されたとしても、結論として、共同相続人が各負担分を弁済したのと変わらないから、特に問題となることはない。

 

このように、預貯金等からの出金には、遺産の管理費用、葬儀費用、相続債務などが考えられるが、このように相続財産または相続に関する支出であって使途が明確な出金であれば、相応の対応が可能であるところ、使途不明金の場合は問題となる。

 

相続開始前の使途不明金が、前述のとおり被相続人の不当利得返還請求権等として相続財産を構成するのに対し、相続開始後の使途不明金は、相続開始後に発生していることから、相続財産とはいえず、共同相続人固有の不当利得返還請求権または不法行為に基づく損害賠償請求権となる。

 

つまり、相続開始と同時に、被相続人の有していた預貯金債権等は、共同相続人に承継されるわけであるが(民法896条)、それが侵害されたのであるから、共同相続人固有の権利として不当利得返還請求権等を取得することになる。

 

この点、預貯金が可分債権として扱われていた頃のものではあるが、最判平成16・4・20集民214号13頁は、「共同相続人甲が相続財産中の可分債権につき権限なく自己の相続分以外の債権を行使した場合には、他の共同相続人乙は、甲に対し、侵害された自己の相続分につき、不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができる」とし、相続人からの損害賠償請求権または不当利得返還請求権を認めている。

 

このように、相続開始後の使途不明金に係る返還請求権等は、侵害された共同相続人固有の権利であるので、相続財産にはあたらず、遺産分割の手続外で解決すべき問題であり、紛争となった場合は民事訴訟手続等により解決すべきこととなる。

 

しかし、使途不明金の出金当事者が自己使用を認めており、他の共同相続人も争う姿勢でない場合は、これを返還するにしても、遺産の先取りとして処理するにしても(この場合、法的構成としては、使途不明金は出金当事者に対する不当利得返還請求権または不法行為に基づく損害賠償請求権として代償財産となり、これを遺産分割の対象とするものと解される)、遺産分割協議書に「相続人の全員は、次の財産を遺産分割の対象とすることに合意し、これを相続人○○○○が取得する。

 

○○銀行○○支店の被相続人名義の普通預金(口座番号○○○○)における平成○○年○○月○○日付け払戻金100万円」などと当該合意内容を記載しておくことが、その後の紛争予防の面でも望ましいと考える(この例は、遺産の先取りとして処理するもので、遺産分割時説に立てば、本来、使途不明金は相続財産にあたらないから、これを遺産分割の対象とする旨を確認的に合意するものである)。

 

なお、参考までに、使途不明金について代償財産として遺産分割対象性を認めた京都地判平成20・4・24裁判所HP は、

 

「遺産中に存する金銭債権は、相続開始とともに法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解せられる。しかしながら、・・・本件当事者全員は、甲及び乙の遺産である預貯金債権、不法行為に基づく損害賠償請求権及び貸金返還請求権をいずれも遺産分割の対象とすることに合意したものであるところ、これは、本来の分割債権を、相続人の間では、相続開始時に遡って不可分債権とするとともに、これを再分割する方法又は履行を受けた金銭を分配する方法を遺産分割協議に委ねる旨の意思表示であると解することができる。そうすると、原告及び被告らが本訴において甲及び乙の遺産であることの確認を求めている預貯金債権、不法行為に基づく損害賠償請求権及び貸金返還請求権についても、遺産確認の訴えの対象とすることが許されるというべきである」

 

「次に、当事者の主張によると、一部の相続人が遺産である預貯金の払戻を受けてこれを領得し、また、現金を領得したというのである。遺産分割の対象は、遺産分割時に現存する遺産であるから、相続開始後遺産分割が成立する以前に一部の相続人がこれを処分、費消した財産は、遺産分割の対象財産から逸失することになる。しかしながら、遺産分割が成立する前に分割対象財産を管理する相続人は、他の相続人の同意なくこれを処分、費消することができないから、これをした場合、その相続人に対する損害賠償請求権が遺産の代償財産として遺産分割の対象となると解するのが相当である」

 

と判示している(預貯金は前掲最大決平成28・12・19により、法律上当然分割されず、遺産分割の対象とされたので注意を要する)。

本来は、当事者間で任意・民事訴訟等で解決すべき問題

(4)実務対応のポイントと遺産分割協議

 

相続開始後の使途不明金は、相続開始後に相続財産から逸失した財産であるから、本来、遺産分割の対象とはならず、その解決は遺産分割協議外で当事者間において任意にまたは民事訴訟等により解決してもらうべき問題である。

 

また、相続開始前の使途不明金の場合も、その存否について争いがあるのであれば、やはり民事訴訟等の手続により当事者間で解決してもらうほかなく、共同相続人の意向により、そのまま遺産承継手続を進めるのであれば、確定している遺産について遺産承継手続を進めるよりほかない。

 

しかし、これが紛争にまで発展しておらず、共同相続人全員の意思により、上記に述べた遺産分割の対象とするなどの方法による解決を希望するのであれば、遺産承継業務の受任者としては、これを相続人の意思として遺産分割協議書に含めることとなる。

 

司法書士が遺産承継業務を受任した場合に、留意すべき点は、使途不明金の問題が紛争として顕在化してきた場合には、当事者のいずれかと使途不明金の問題について、その者に有利あるいは不利な助言等をするのみで受任者である司法書士に利益相反の問題となる可能性があること、加えてその関与の程度によっては弁護士法72条違反となる場合もある点である。

 

そこで、相続人全員からの受任者である立場上、あらためて相続人全員に対し、自身があくまでも公正中立に業務を行う必要があること、使途不明金の問題については、判例の趣旨から基本的に当事者間での遺産分割協議外における解決を図ってもらうのが原則であり、争いがある場合には遺産承継業務の受任者が関与することはできないこと、上記に述べた方法等により当事者間で穏便に任意の合意が成立した場合には、遺産分割協議書の記載に含めることができることなどを説明すべきであろう。

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