視力の回復速度、手術効果に影響を与える「合併症」
白内障の手術は1970年代から飛躍的な進歩を遂げ、今の術式になってからも技術の向上や器具の改良が続いています。そして、その技術の発展に対応していくために、世界中の白内障手術眼科医は日々研究を重ねています。現在、白内障手術が患者さんにとって負担の少ない手術になっているのは、こうした努力の積み重ねによるものと言っていいでしょう。
しかし、手術で目を切るということは、必要なこととはいえ、一時的に目の中を外につなげる通り道を作るわけですから、外界の細菌が目の中に入ることで起こる感染症のリスクはゼロではありません。さらに、特殊な体質や全身疾患などの内的要因がある場合には、手術後の細菌感染の可能性が高まることが考えられます。
万一、合併症が起こると、手術後にそれに対応した適切な処置が必要になることがあります。程度によっては視力の回復が遅くなったり、結果が出にくくなる場合があります。白内障手術の主な合併症は次の通りです。
早めの手術で、内皮細胞の減少を最小限に抑える
●角膜内皮細胞の減少
眼球の一番外側には角膜があります。角膜は約0.5㎜程度の厚みがあり、角膜も水晶体と同様に、光を屈折させて網膜に像を映し出す役割を持っています。この角膜は外側から、角膜上皮、ボーマン膜、角膜実質、デスメ膜、角膜内皮という5つの層から成り立っています。
角膜内皮は角膜の一番内側にあり、前房という目の前半分を占める部屋に面しています。角膜内皮細胞は六角形の細胞で、シート状にしきつめたようにすき間なく並んでおり、水の排出機能を持っていて角膜内の水分量を調節しています。
角膜内皮細胞は角膜の余分な水分を、目の内側へ送り出す役割を果たしています。例えるなら、ポンプのような役割を果たしている重要な組織です。角膜内皮細胞の数は密度で表現します。日本角膜学会の分類では、密度の換算で1平方㎜当たり2000個以上が正常とされています。
ここが非常に大切なポイントなのですが、角膜内皮細胞はなんと人が生まれてから死ぬまでまったく再生しません。再生能力がないのです。したがって角膜内皮細胞数は生まれたときがもっとも数が多く、加齢にともなって必ず徐々に減っていきます。角膜内皮細胞が増えることはないのです。
[図表]角膜の構造
角膜内皮細胞の数が少なくなると、角膜から水をくみ出すポンプ機能が低下し、角膜がむくみやすくなります。そうなると、余分な水分のために透明性が失われ、白く濁ってしまうのです。この状態を、水疱性角膜症(すいほうせいかくまくしょう)といいます。
一般的に、内皮細胞の密度が1平方㎜当たり500個以下になると、水疱性角膜症のリスクが高まるとされています。
水疱性角膜症は非常に難治性の疾患です。一度むくんでしまった角膜を点眼薬などで治すことは難しいため、根治的治療は角膜移植となります。したがって、内皮細胞の数をなるべく減らさないようにする必要があります。内皮細胞が減ってしまう要因には、加齢以外にもいくつかあります。
例えば、外傷などのアクシデントでも大幅に減少するほか、コンタクトレンズの長時間装用による酸素不足でも、減りやすくなります。しかし、ここで強調したいのは、白内障手術でも角膜内皮細胞が減少する可能性があるということです。
白内障手術では超音波を使用して水晶体を破砕するので、どうしても角膜内皮細胞が減少する可能性があります。もちろん白内障手術を受けた方の大多数は水疱性角膜症にはなりません。
しかしごくまれに、もともと内皮細胞が極端に少ない人が手術を受けた場合には、手術後に水疱性角膜症となるリスクがあります。水疱性角膜症にまでは至らなくても、内皮細胞が少しでも減ってしまうことを避けるために、白内障が進行してしまう前に手術をすることが重要です。早めの手術により、内皮細胞の減少を最小限に抑えることができるからです。
白内障が進行し、硬くなってしまった水晶体を小さな創口から吸引できるように細かく砕くためにはある程度の超音波エネルギーが必要となります。したがってすでに水晶体が硬くなった白内障の症例では、特に早めに手術をする必要があります。白内障が進行して硬くなればなるほど、手術中に角膜内皮細胞が減少する可能性が高いからです。白内障手術では、超音波で砕いた破片や超音波エネルギーが、内皮細胞を傷めてしまうと考えられています。
ちなみに内皮細胞の数は、コンタクトレンズが装着可能かどうかを判断する目安の一つとなっています。内皮細胞が少なくなってしまった人は、コンタクトレンズ装用を中止しなければいけません。内皮細胞がコンタクトレンズ装着による酸素不足によって減ってしまうからです。水疱性角膜症にまで至るケースはほとんどないものの、ハード、ソフト問わず、コンタクトレンズ長期装用者の中には、内皮細胞が減っている人は少なくないのです。
コンタクトレンズが登場してから数十年が経過した今では、コンタクトレンズ装用歴30年以上という人が珍しくありません。そしてそのような人が白内障手術を受ける時代になってきました。
コンタクトの長期使用により、内皮細胞がすでにある程度減っている人が、高齢になって白内障の手術を受けるとさらに減ってしまいます。そうしたケースでは、水疱性角膜症になるリスクが、コンタクトレンズを使っていない人よりも格段に増えてしまうことになります。コンタクトレンズを長期間装着してきた人が白内障と診断されたら、できるだけ早く手術を受けるほうが目へのダメージが少ないと考えます。
そしてフェムトセカンドレーザー白内障手術では、通常の眼科医の手による手術に比べ、手術中に使用する超音波量を減らすことができます。したがって、レーザー白内障手術では、通常の手術に比べて角膜への負担が減ります(※)。これがレーザー白内障手術の大きなメリットです。
(※)参考文献 Central Corneal Volume and Endothelial Cell Count Following Femtosecond Laserassisted Refractive Cataract Surgery Compared to Conventional Phacoemulsification, Ágnes I. Takácset. al, Journal of Refractive Surgery Vol. 28, No.6, 2012
この話は次回に続きます。