前回は、高いテクノロジーを駆使する「レーザー白内障手術」について説明しました。今回は、東日本大震災の日、ちょうど白内障手術を行っていた医師の経験談を紹介します。

震災により高まった「安定した手術結果」への思い

合併症のリスクを最小限に抑えながら患者さんにとってベストな見え方を実現したい、そして、いつでも安定した結果を出したい――私が眼科医になって以来、持ち続けていたこの思いを、強めることになった大きなきっかけは、2011年3月の東日本大震災でした。

 

その3年前の2008年、今ではレーザー白内障手術の世界での第一人者である、ハンガリーのナジー先生が、世界で初めてレーザーによる白内障手術に成功しました。白内障の手術は、この30年ほどで技術や器具は目覚ましい向上、改良がなされましたが、手で行うこと自体に変わりはありません。それを機械で行い成功したことは、私にとってとても魅力的なニュースだったのです。

 

日本国内では、一般にはまったく報道されず、眼科医の間でも、まだ自分たちが行っている日々の診療からはほど遠い、最先端医療というとらえられ方でしたが、「これからの白内障手術は、必ずレーザー白内障手術の時代になるだろう」と、強く予感しました。

 

そしてその思いを確実にする出来事が、2011年3月11日の東日本大震災でした。あのときの地震では、私が開業している埼玉県さいたま市でも震度5の大きな揺れを感じました。揺れが起こったまさにその瞬間、私は大宮七里眼科の2階の手術室で、いつものように白内障手術を行っていました。

 

揺れはなんの前触れもなく、突然起こりました。顕微鏡ごしに患者さんの目だけに集中していた私は、突然「ドンッ!」という音に驚いたとともに、顕微鏡の視界から患者さんの目を見失いました。

 

はじめは患者さんが咳をして頭を動かしてしまったのだと思いました。白内障手術中にはなるべく動かないように患者さんには手術前に説明をしていますが、どうしても手術中に咳などの原因で動いてしまう方がいらっしゃいます。

 

まだ患者さんの目の中には、濁った水晶体が残っていました。私の頭の中に一瞬でよぎったことは、「ここで手術を中断してしまっては、患者さんは失明の危機にさらされてしまう」ということでした。

 

私は大きな揺れの合間にいったん顕微鏡から目を離し、右手に持っていた超音波乳化吸引術の器具を台に置き、両手で患者さんの体が台から落ちないように押さえました。手術中の患者さんの顔には手術用の紙製のカバーが掛けられており、揺れてもなにも見えないので、患者さんがパニックになって起き上がってしまうかもしれない、と考えたからです。

 

また、もし創口がまだ開いているこの状態で患者さんが起き上がってしまえば、目に圧がかかることで重篤な合併症が起こってしまうからです。しかし患者さんには冷静を保っていただけたので、起き上がってしまうことはありませんでした。

 

大きな揺れがおさまったのちも、それに準ずる大きさの揺れは止まりませんでした。クリニックの1階の外来では他の先生方が外来診療を行っており、たくさんの患者さんが待合室にいました。

 

私は2階の手術室からスタッフに1階の外来や2階で手術を待っている患者さんたちに問題はないか、停電は大丈夫か、物の落下はないかを確認しました。スタッフたちは冷静に行動し、すべて大丈夫との報告をしてくれました。外来の患者さん達もパニックになることなく、落ち着いて揺れがおさまるのを待ってくれました。

 

つぎに手術中に我々や患者さんが閉じこめられないように、手術室のドアを開けっ放しにするよう指示をしました。私のクリニックの手術室は感染症のリスクを低く抑えるために、空気中の塵や細菌を除去する空気清浄装置を備えたクリーンルームです。手術室のドアを開けっ放しにすると空気が細菌や塵で汚染されるので、普段の手術では手術中はドアを閉めっ放しで行います。

 

しかしこの場合には例外です。手術室のドアは空気中の細菌をブロックするために2重になっており、その2つとも電動です。せっかく手術を終わらせても、電源がおちればドアが開かなくなり、手術室から出られなくなる恐れがあると考えました。そこで私は特別に手術室のドアを開けっ放しにして手術を続行することを選んだのです。

断続的な揺れが続くなか手術は終了、合併症もなし

数分後に大きな揺れがやっとおさまり、すぐに手術を再開しました。しかし、その後も中等度の揺れが断続的におこり、手術は何度も中断を余儀なくされました。私は患者さんの目の安全のために、なんとしてでも手術を完遂しようと思いました。

 

私は焦らず慎重に手術を行い、通常の3倍程度の時間がかかったものの、無事合併症なく手術を終わらせることができました。手術をしていた患者さんにも、とても喜んでいただけました。

 

翌3月12日、前日に手術を行った患者さんたちの診察をしました。地震の瞬間に手術をしていた患者さんも、地震の日に手術を行ったそのほかの患者さんも、皆、手術後の経過はたいへん良好で、良好な視力を得られほっとしました。現在も、その患者さんたちは皆、良好な視力を保っています。

人生が変わる白内障手術

人生が変わる白内障手術

山﨑 健一朗

幻冬舎メディアコンサルティング

年齢を重ねると誰もが罹患する恐れがある白内障。 白内障手術の技術は近年、たいへんな進歩を遂げています。その代表が「レーザー白内障手術」の登場です。レーザー白内障手術では、白内障手術での「精密で正確な切開」が可…

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