眼内レンズの登場で、小さな創口から手術が可能に
今でこそ、多くの人たちが受けるようになった白内障手術ですが、現在の標準的な術式は、まだ20〜30年ほどの歴史しかありません。
その前までは、水晶体を目の中で細かくする技術がなかったため、角膜を大きく切って濁って硬くなった水晶体を丸ごと取り出していました。切った角膜の創口はそのままでは閉じないので、角膜を糸で縫合していました。
人工水晶体である眼内レンズがなかった時代には、水晶体を摘出したあとの目は焦点が合わないため、術後はとても分厚いメガネをかけなくてはなりませんでした。
世界で最初の眼内レンズ移植手術は1949年、イギリスのハロルド・リドリー先生によって行われました。リドリー先生は第二次世界大戦中、戦闘機の操縦士が外傷によってアクリル樹脂の破片が目の中に入っても、炎症を起こさないことに着目し、同じ素材で眼内レンズを考案しました。
その後水晶体を除去するための革新的な方法が、1967年にチャールズ・ケルマン先生によって世界で最初に紹介されました。それは小さな創口から入れた器械で、水晶体を超音波で砕いて吸引する方法です。この超音波水晶体乳化吸引術では、それまでの水晶体をまるごと取り出す方法に比べ、格段に角膜の創口が小さくてすむようになりました。
超音波水晶体乳化吸引術では、濁った水晶体を超音波によって細かく砕いてから吸い出します。それにともない、小さな角膜の切開で手術が可能になりました。そのため、細菌が侵入するリスクが減り、術後感染症が起こりにくくなり、術後の回復も早くなりました。また、手術後の乱視も少なくなりました。
ケルマン先生が開発した超音波水晶体乳化吸引術の技術は、世界中のさまざまな眼科医によってさらに洗練され、現在のようなスタイルになったのは1980〜90年代のことです。
今では硬くなった水晶体を安全に砕くためのさまざまな器具や技術が開発され、小さく折りたたんだ眼内レンズの登場によってとても小さな創口から手術が可能になりました。技術面や器具、装置はさまざまな研究のもと開発・改良が進められています。
患者への身体的・精神的負担は、かなり軽減されている
「目の手術は手術の様子が見えそうで怖い」という人がいます。安心してください。白内障の手術では何をされているかが見えることはありません。
白内障手術は顕微鏡の光で目を照らして行うので、手術中に器具が近づいてくるのが見えることはありません。もちろん、麻酔を行うため痛みもありません。その麻酔も、かつては注射による麻酔を行っていましたが、今は点眼麻酔、つまり目薬をさすだけの麻酔で行われます。
手術時間は、目の状態にもよりますが、特別な合併症などがなければ、平均10〜15分程度しかかかりません。
はじめは「こわい」と二の足を踏んでいた人も、いざ手術を受けてみると「なんだ、こんなに楽で、まったく痛くないし、短時間で終わって、翌日にはよく見えるようになった。分かっていたら、もっと早く受けたのに」「今度は近所の人にも手術をすすめてみよう」という感想を持つ人が大半です。本書籍の最後に実際に白内障手術を受けた患者さんたちの体験談を付けますので、ぜひ参考にしてください。
白内障手術はたいへん進歩し、患者さんへの身体的・精神的負担はだいぶ軽減されました。白内障手術に対する不安の中には、杞憂(とりこし苦労)であることが多いのです。