災害時でも「病院内での日常」を継続
病院設計は、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)を抜きに考えることはできません。
BCPは、緊急時でも事業を継続する方法、手段などを取り決める計画のことです。近年は、病院が自然災害や大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇する可能性を否定できません。そうした事態が起こったときのために、資産の損害を最小限にとどめながら、中核となる事業の継続、あるいは早期復旧を実現する計画を立案しておく必要があります。
久米設計は、阪神淡路大震災直後からこのBCPをさらに発展させたLCB(Life Continuity Building:生活継続施設)という独自概念を立ち上げ、研究してきました。
LCBは、事業の継続や早期復旧を実現するだけでなく、大災害直後でも病院内における日常的な活動と生活の継続を目標とする先進的な技術の集合体です。たとえば、緊急事態が発生しても、建物の損傷を最小化し、医療従事者にケガをおよぼさずに継続した医療を提供できます。
入院中の患者にとってもそれまでの入院環境を維持できなくなると、安定した治療環境が失われてしまいます。こうした設計思想は、まさに病院の社会的使命に沿ったものであると考えています。
東日本大震災で被災した病院に「LCB」を導入
東日本大震災の経験と分析を踏まえて、津波で被災した宮城県の《石巻市立病院》の移転・新築プロジェクトに、包括的なLCBを導入しました。
既存病院がこれまで果たしてきた役割を踏まえ、震災時においても安全で安心な医療行為を継続でき、入院患者も通常通り暮らすことができる病院として整備したプロジェクトです。
[図表]《石巻市立病院》増築棟
プランニングにあたり、過去の事例や周辺の地形などを調査しました。その結果、津波が発生した際の病院への最高到達水位より上階にあたる部分に、自家発電装置や受水槽などの施設を集約するなど、ほぼすべての病院機能を確保しました。お年寄りや身体の不自由な人の来院を想定した場合、病院機能は1階に集約したほうが利便性は向上します。
しかし、万が一、災害が発生して1階が浸水すると、病院全体が機能不全に陥ります。1階にある駐車場は上階からでも容易にアクセスできるほか、2階につながるスロープを用意しており、車椅子の利用者も2階まで上がることができます。
また、一部の4床室を除き、すべてのベッドサイドに窓を設置できるデザインを採用しました。廊下の突き当たりでも十分な採光性を確保しており、日中の屋内は電気をつける必要がないほど明るくなります。このため、災害発生時に電気が届かなくなったとしても、日中であれば自然光だけで活動できます。
一方で、災害時の情報ルートの確保、医療スタッフの確保は難しい問題です。普段から院内外を結ぶ医療情報システムを構築しておき、非常時にも稼働するよう設計しておくことも必要です。こうすることで、他の医療機関とのスムーズな連絡、的確な情報収集などが可能になります。
そのうえで、有事の際のスタッフの行動計画をあらかじめ策定し、定期的に訓練しておくことで非常事態に備えます。病院に駆けつけたくても、交通インフラが遮断された状況ではままならないのが現実になりますから、限られたスタッフ人数でどのように病院を運営して乗り切るのか、普段からのBCP訓練が欠かせません。
様々な局面を想定しながら訓練することによって、はじめてライフラインの二重化設備や地域の医療情報システムなどのハード面の備えが活かされるともいえます。
この話は次回に続きます。