すべての関係者との信頼関係を深める「対話」
前回の続きです。こうして、対話によって要望を探り、それに応える提案を行い、しっかりと理解・納得していただいたうえで選択いただく。その設計プロセスは、医療でいう「インフォームドコンセント」と似ています。
医療が患者さんのインフォームドコンセントを得るためにNBM(Narrative-Based Medicine)、「対話しながらの医療」を実践するようになったのと同様、設計会社もNBD(Narrative-Based Design)、「対話しながらの設計」を実現させなければなりません。
対話によって病院と設計会社、経営者・病院スタッフ・患者さんと設計担当者の間に信頼関係が築かれ、双方が十分に納得して計画を遂行することができ、双方にとって満足のいく病院建設事業が遂行できるためです。
それには、病院設計タスクチームはプロフェッショナルとして、提案の根拠となるものを蓄積していくことがきわめて重要です。根拠のない提案では、病院は選択も承認もできるものではありません。反対に、確かな根拠をもって行った提案なら、〝賭け〟をすることなく安心して選択・承認をすることができます。
第II章で様々な病院設計の例をご紹介してきましたが(本書籍をご覧ください)、その設計案にはすべて根拠があるはずです。それだけ多様な根拠は、一朝一夕にしてできるものではありません。病院を評価する際、手術件数が一つの尺度になっているのと同様、病院設計においても手掛けた数の多さと多様さが設計力の高低を位置づけるといえます。
医療界では、EBM(Evidence-BasedMedicine)が提唱され実践されるようになってから20年ほどの年月が経過しています。また、EBMは一般に「根拠のある医療」と解釈されていますが、その真の目的は、根拠のある医療の実践にあるのではなく、患者さんにとってよりよい医療を提供することにあると聞きます。
先駆である医療に倣って、病院設計タスクチームもEBD(Evidence-BasedDesign)、つまり根拠のある提案をすることによって、患者さんにとっての、そしてスタッフにとっての理想の医療の場を提供するにとどまらず、事業としての医療、すなわち病院経営に貢献していかなければなりません。
病院設計に求められる「経営予測の根拠」の提示
あらゆる事業のなかで、病院経営は施設設計の巧拙による影響をもっとも受けやすい事業の一つといえます。一般の会社の事業経営が社屋の設計によって受ける影響よりもはるかに大きな影響を、病院経営では医療施設の設計パフォーマンスによって受けるのです。
したがって、病院設計タスクチームは、提案の際、建物の機能性や利便性、意匠の効果などに対する根拠だけではなく、経営予測に対する根拠も提示しなければなりません。
久米設計の病院設計タスクチームは、病院という「建物」を設計することがみずからのタスクであると同時に、病院という「事業体」の設計を支えることも重要なタスクととらえています。また、二つのタスクの両方を遂行することこそが、病院設計におけるプロフェッショナルの証しといっても過言ではありません。