「なにか裏があるんじゃないですか?」
橘高に紹介された新しいマンション、ブライトサイドテラスのその部屋には、すでに借りて住んでいる人がいるというので、内覧は短時間しかできなかった。
住んでいたのは、上場企業に勤めている30代のサラリーマンだった。うちの会社にもいそうなタイプで、オーナーが変わるというので、休日だというのに内覧を許可してくれたのは、いかにも親切だった。
考えてみれば、マンションのオーナーが変わるというのは、彼にとってはどうでもいいことなのだ。オーナーが誰であっても、マンションの部屋の価値や家賃が変わるわけではない。
内覧を済ませて、喫茶店でお茶をしながら、オレはその疑問を口にした。
「橘高さん、あのマンションが良いものであることは分かりました。将来的な収入についても理解できます。しかし、ただ、不動産を買うというだけで、確実に儲かるというのは、どう考えてもおかしいでしょう。なにか裏があるんじゃないですか?」
「裏なんてないですよー」
橘高は、上司の九門がいないせいか、あるいは休日であるからか、おそらくはその両方のせいで、ちょっとだけカジュアルになっていた。
二つ目の物件 ブライトサイドテラスの契約
「みんな、マンションを買ってオーナーさんになれば、家賃収入が得られるってことを知らないんです。あまり宣伝してないですから。だから、須藤さんのように気づいた人だけが、得をするシステムになっているんですよ」
「そうかなあ? 例えば、今日会った彼だって、自分が毎月、何万円も家賃を払っていることは知っている。こうやって、オーナー交代があれば、家賃を受け取っている相手の顔も見られる。ちょっと頭を使えば、オーナーが自分とたいして年の違わないサラリーマンだってことも分かるはずです。オーナーになることでそんなにメリットがあるのなら、みんなやっているんじゃないですか?」
「うーん、でも、やっぱり、知らないというか、気づかないんですよ。自分にはできないと思い込んでいるっていうか、別世界の話だと考えているんです。それに、あえて言えば、こうやって簡単にマンションを買えるのは、やっぱり、お金を持っている限られた人だけなんですよ。誰にでもできるってわけじゃないです。須藤さんのように、一流企業にお勤めで、しかもご家族がいなくて生活に余裕がある方じゃないと、なかなか買えないですよね」
「銀行が貸してくれるんだから、誰にでもできるんじゃないですか?」
「銀行は誰にでも貸すわけじゃないですよ。大手企業のサラリーマンで、ちゃんと返済が見込める人にしか貸さないんです。こないだも言ったけど、私なんかじゃだめなんです。残念だけど、お金っていうのは、お金を持っている人のところに集まるんです。ほら、ピケティって人が言っているじゃないですか。資本を持っている人間が、よりお金持ちになるって。お金があれば、人に貸して利子を取ることもできるし、不動産を買って、それを人に貸して、家賃を得ることもできるんです。うらやましいです」
「ピケティというか、マルクスの資本主義だよね。資本家が、資本を投資して利益を出す。それなら、分かる」
「そう! そうなんです! この手法って、一般的には不動産投資って言われています。不動産を買って、それを使って利益を出しているんですけど、事業というほど頭を使って臨機応変な対応をする必要もなくて、銀行預金とか年金みたいに、ただ買って任せておくだけで一定の利益が上がるから、ほんとにお勧めなんです。今日のマンション、いかがですか? もし須藤さんが買わないのであれば、私、ほかのお客様にお勧めしなきゃいけないんですけど、いい物件なんで、もったいないですよう」
橘高は、上目づかいに、にいっと笑った。
そんな営業スマイルに騙されるわけではないが、橘高の話には、十分に説得力があるように感じた。
そうして、オレは、二つ目の物件ブライトサイドテラスの契約をした。
価格は2000万円。例によって、家賃収入と毎月のローンとの返済の差額があるので、オレの給料から、毎月1万円の補填が必要だった。その代わり、30年後、オレの元には2室合わせて、毎月15万円の定期収入が約束された。これが資本の力というものか。