「良い買い物だったと思うのですが、いかがですか?」
橘高から久しぶりに連絡があったのは、マンションの購入契約から3カ月ほどたった後のことだった。
「ご無沙汰しております。その後、お変わりありませんか? 実は、折り入って相談したいことがあるのですが、お時間をつくっていただけないでしょうか?」
留守電に残されていたメッセージを聞いて、ちょっとだけ気分が高揚したのは、彼女が、かわいくて感じのよい女性だったからだ。
なにか楽しいことがあるのではないかと、期待しなかったと言えば噓になる。
だが、前回と同じファミレスで待ち合わせた橘高が持ちかけてきたのは、相談じゃなくて商談だった――別に、うまいことを言ったとは思っていない。
「須藤さんがお買い上げになられたマンションは、入居者を募集したら即日で決まりました。今、家賃の収入とローンの支払いとが、想定どおりに回っていますよね。とても良い買い物だったと思うのですが、いかがですか?」
「正直に言えば、まだあまりよく分からないですね」
オレはちょっと考えてから答えた。
「生活になにか変化があったというわけではないので、正直に言えば、まだあまりよく分からないですね。家賃収入があったといっても、ローンの支払いで消えている。逆に給料から2万円を毎月出している状況なので、使えるお金が減ったといえるかもしれない」
ビジネスの話であったというがっかり感もあったのか、オレの言葉はあまり優しくなかった。橘高の顔が曇ったのを見て、オレは続けてフォローの言葉を入れた。
「マンションを買った、自分が所有している、という満足感はありますよ。3000万円の買い物なんて一生に何度もするものではないですから、自分がオーナーになったことの喜びはあります。ただ、最初に一度、中を見ただけで、今は他人に貸しているので中には入れないですし、使いたいときに使えるわけでもないですし、どう考えてよいのか、いまひとつ分からないです」