「なんで、そんなことに金を使っちまうんだ」
「なんだって?」
「マンションを買ったんだ。2室。もちろん、自分が住むためじゃない。将来への備えのためだ。29年後には、毎月の収入になる。ローンで買って、家賃収入でローンの支払いをしている。それだけじゃ足りないので、毎月3万円を払っている。たいした金額じゃないが、会社からの給料をそれに充てている。給料がなくなったら困る」
味沢は呆れた顔になった。
「なんで、そんなことに金を使っちまうんだ」
「使っちゃいない。自分の金はそんなに減らない仕組みだ」
「そうなのか? うーん、よく分からんが、毎月3万円を30年間払うんだろう? 1年を12カ月だとして、30年間で360カ月、毎月3万円なら、合計で1080万円もかかるじゃあないか」
言われてみれば、そのとおりだ。しかし、30年間で1080万円なら、毎年36万円。保険や年金と考えれば、妥当な金額ではないか。
「しかし・・・、それは楽しいのか?」
「同じお金を使うなら、不動産を買って家賃を得るのが、確実なビジネスだと思ったんだよ。独立して、営業して回るなんて、今はとてもじゃないが、考えられない」
「しかし・・・、それは楽しいのか?」
「正直に言えば、よく分からない。マンションを買ってから1年になるけど、特別なことはなにもしていない。でも、なにもしなくても家賃が入ってきているという事実に思いを巡らせると、楽しいような気もする」
「うーん、俺にはよく分からない」
まあ、いいさ。オレはチューハイのお代わりを注文した。
あえて言わなかったけれども、味沢とオレには大きな違いがある。彼は結婚していて、奥さんが働いている。つまり、味沢が会社を辞めたところで、家計の収入が途絶えるわけじゃない。
オレは独身だ。そして母親を扶養している。会社を辞めたら、翌日から無職で、収入がなくなる。そう簡単に会社を辞めるわけにはいかない。だから、よけいに家賃収入という保険が欲しかったのだ。
そして、オレたちは話題を変えて、週末の夜をまったりと過ごした。
もうお互いにいい年だから、お互いの生き方に干渉するようなことは言わない。
人生が80年なら、40歳は折り返し地点だ。オレは不動産で収入を安定させるという道に舵を切った。それが、他人からどのように見えようともかまわない。