「将来の収入を安定させてみませんか?」
橘高は、待っていたかのように話し始めた。
「そうなんですよね。普通は、家を買うとそこに住めるので、買った感があるのですが、不動産投資の場合は、他人に貸すので、そういった感想をお持ちになる方が少なくないんです。他人に貸すことで収入を得るのが不動産投資なので、帳簿上の数字で満足感を得ている方も多いですね。最初は現金は残らないのですが、ローンの返済が終われば、どんどん収入になるので、良い買い物をしたという声をいただきます」
「そうかもしれないですね。まあ、総合的には満足してますよ。あまり自慢のようになってもよくないので、他人には話さないようにしているのですが、この間、友達に話したときには楽しかったですね」
「そう言っていただけると、うれしいですね。ただ、マンション1室だけだと、家賃収入がたとえ12万円あっても、管理費とか修繕積立金とか固定資産税とか、いろいろ出費があって、結局、実収入は8万~9万円になってしまうんです。そうなると、老後の年金としては、ちょっと不足ですよねえ」
「まあ、それだけじゃなくて、普通の年金もありますし」
「そうですね。でも、老後の年金っていくらもらえるかご存知ですか? 男性で独身の場合、現役時の給料の3~4割です。今、須藤さんが、年収1000万円だとしたら、年金だけだと、年収が300万~400万円になります。それで暮らしていけますか? 医療費とかもかかりますよね。マンションの収入があれば、年収が100万円くらい多くなりますが、人によってはそれでも足りないですよね」
「そうかもしれませんね。ずっと働いてきたのだから、退職後は、少し贅沢したいですしね」
「贅沢、いいですよね。そういうお客様のために、実は私たちは通常は、マンション2室の購入をお勧めしているんです。須藤さんの場合は、初めてだったのでまずは1室だけで進めたのですが、銀行はもっと融資ができると言っていますし、もう一つ、購入して、将来の収入を安定させてみませんか?」
オレは迷った。
「お得なので、一回、見るだけ見てみませんか?」
橘高の言いたいことは分かるし、魅力的な提案でもある。しかし、これ以上の借金を背負うことにはためらいもあった。
「せっかくですが・・・」
断ろうとしたオレの言葉にかぶせるように、橘高が声を発した。
「実は、いい物件が出たんです! 掘り出し物なんです! ぜひ須藤さんに見てもらいたいと思ってるんです。前に買っていただいたマンションは、都心のど真ん中で、駅も近くて立地が最高だったんですけど、新築で、ちょっと広めのワンルームなので、3000万円というお値段で、少し高かったじゃないですか。
今回は、新築じゃないので、2000万円で買えるんです。新築じゃなくて中古っていっても、別にそんなに古くはないんですよ。5年前に建てられたマンションなんですけど、今回、新築で買われたオーナーの方が手放したいって言って、1室だけ売り出すことにしたんです。これ、本当にお得なので、一回、見るだけ見てみませんか?」
オレはさからえなかった。
橘高がとても一生懸命だったというのもあるけれど、3分の2の価格で同じようなマンションが買えるという話は、とうてい無視できなかったのだ。