不適切会計事件に揺れるジャパソニック社内
ジャパソニックの不適切会計事件は、一向に収束する様子を見せなかった。
一般社員にとって雲の上の存在だった社長が記者会見で、頭を下げて薄くなった頭頂部を見せたときには、無常を感じざるを得なかった。
報道によれば、ずいぶん前から粉飾は常態化していたらしい。毎年発表される自社の好業績が、実際は赤字だったと聞かされるのは、社員としても衝撃だった。道理で、ここ数年、ボーナスの額が少ないと思った。
社内では箝口令が敷かれていたが、人の口に戸は立てられない。毎日の仕事内容に変わりはなくても、社内には会社の先行きを不安視する声が満ちていた。それに呼応するように、突然、早期退職希望者を募集するとの発表があった。ようするに人を減らしたいのだ。希望者には退職金が割り増しで支払われるとのことだが、会社が望むほどの希望者がいるとも思えなかった。
しかし、少なくとも社内の話題をさらう程度の効果はあった。
同期の味沢正芳(あじさわまさよし)も、その一人だ。営業マンとして働く味沢は、オレを飲みに誘うと、席に着くなり切り出した。
「定年まで、この会社にいるつもりか?」
「希望退職のこと、どう思うよ?」
「まだ、分からない」
オレは率直に答えた。味沢とは、しばしば会社の愚痴を言い合う仲だった。新入社員のころから気が合って、いつか一緒に独立しようと夢を描いたこともある。
「なんでだよ? もう、俺たち40だぜ。定年まで、この会社にいるつもりか?」
味沢の言うことはもっともだった。オレも、数年前だったら、その考えに同意していただろう。
「正直に言うと、自信がない」
味沢は目を丸くした。オレは続けた。
「会社を辞めて独立しても、今以上の収入を得られる自信がない。やるんだったら、副業で始めて、様子を見るべきだと思うんだけど、それもなにを始めるべきか思い浮かばない。たぶん、今はまだ時期じゃないんだ。会社が希望退職者を募集したからって、安易にそれに乗っかるのは間違っている。辞める時期を決めるのは自分であって、会社が用意した船に乗るべきじゃない」
味沢は黙って聞いていた。オレはさらに続けた。
「それに、1年前にマンションを買った」