急速に普及し、市場規模は約14兆円にまで達している「電子記録債権」。本連載では、電子記録債権の基礎知識や他の債権との違いについて解説していきます。

中小企業の資金繰り対策として創設された金融債権

フィンテックによる新しい価値の創造という面で、ぜひ多くの人に知ってほしいのが「電子記録債権」です。特にB to B向けのフィンテックとして非常に大きな可能性を秘めています。

 

電子記録債権は、2008年12月に施行された電子記録債権法(※)という法律に基づき、新しい金融債権の一種として創設されました。その目的は、以前の連載、『日本の金融業界を変える~フィンテックの可能性』でも触れたように、大企業に比べて厳しい中小企業の金融を改善すること、すなわち資金繰り対策にあります。

 

※:電子記録債権法

この法律が検討されるようになったのは、2003年、政府のIT戦略本部によるe-Japan戦略Ⅱにおいて、「手形の有する裏書や割引機能等を電子的に代替した決済サービス」の普及を図ることが挙げられたのがきっかけです。2004年のe-Japan戦略Ⅱ加速パッケージでは、「電子的手段による債権譲渡を推進するための制度の見直しについて、現行法上、原則として確定日付のある通知.承諾が必要とされている債権譲渡の対抗要件のあり方を含めて検討」することとされました。

これらを受けて、経済産業省、法務省、金融庁において電子債権制度(当時の仮称)の検討が進められ、法律の要綱案がとりまとめられました。

議論の過程で、当初は「電子債権」法制と仮称されていましたが、電子商取引から発生する債権全般を指すものと誤解されかねないといった理由から、「電子登録債権」法制と仮称が途中で変更され、さらに最終的な法案では「電子記録債権」に変更されました。

これは、「登録」という用語を使うと国の機関が行う国の事務という印象を与え、また税(登録免許税)の問題も起きかねないという理由からです。電子的な記録を行うことが債権の発生.譲渡等の効力を生じる要件であることを端的に示すものとして、最終的に「電子記録債権」という用語を使うことになりました。

支払い側の支払期限を4ヶ月延ばす「手形」

もともと、中小企業の資金調達手段としては、銀行借入のほか手形割引や手形貸付、そして取引で発生する売掛債権の活用などがあります。

 

手形とは、将来の特定の期日に特定の金額を支払うことを約束した有価証券のことです。日本では手形法に基づきつつ、全国銀行協会が発行する統一手形用紙が、商取引で広く利用されてきました。

 

手形を使うと、支払い側は支払期限を最大4カ月延ばすことができます。受け取る側も、受け取った手形に裏書をして、自分の支払いに利用することができます。また、支払期日前に金融機関に持ち込み、割り引いて現金化することもできます。

 

しかし、手形は紙であることから、振り出し側にとっては印紙税の負担や事務管理コスト、受け取り側には盗難.紛失等のリスクがあり、近年、その流通量はピーク時の10分の1以下にまで激減しています。

 

売掛債権の活用はどうでしょう。欧米では売掛債権の2〜3割が金融の対象になっているのに対し、日本ではそれほど多くありません。

売掛債権を活用した資金調達では二重譲渡のリスクも…

売掛債権を活用して資金調達をする場合、売掛債権を譲渡または質入れすることになります。しかし、売掛債権をはじめ指名債権の譲渡にあたっては本当にその債権が存在するのか、誰がその債権を保有するのかの確認が必要です。また、二重譲渡のリスクや譲渡人に対する人的抗弁を譲受人が債務者から主張されるリスクもあります。こうしたことから、日本ではなかなか一般的に使われていませんでした。

 

ただし、売掛債権の譲渡をスムーズに行えるようにするため、1998年に「債権譲渡特例法(のちに動産.債権譲渡特例法)」という法律ができました。

 

利用できるのは法人に限られますが、これにより債権譲渡の際には、東京法務局で債権譲渡ファイルに登記することで、二重譲渡のリスクなどは軽減されます。一方、債権者と債務者の間の人的抗弁などについては従来どおり、リスクが残ります。例えば、個々の売掛債権とは別に結んだ基本契約になんらかの抗弁についての規定があり、債権譲渡の後にそれが発覚することがあります。

 

こうしたさまざまな問題を解消するためにつくられたのが電子記録債権なのです。

企業のためのフィンテック入門

企業のためのフィンテック入門

小倉 隆志

幻冬舎メディアコンサルティング

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