企業内海外研修制度のメンバーに選抜されたAさん
国内の大手企業に勤める35歳のAさんは、先週発表された企業内海外研修制度の公募を見て心が動いた。
外資系企業に転職を考えるほど海外志向は強くなかったが、業界1位の会社でそれなりに評価の高い仕事をしていると、どうしても外国の競合他社が気になってくる。
根っから向上心の強いAさんは、MBA派遣制度があることも理由の一つとしていまの会社を選んでいた。3年前にその制度が廃止され、以来、企業派遣で海外研修にいけるチャンスは初めてだった。
2年のMBAに比較して海外研修期間は4ヶ月ではあるが、代わりにMBAでは人数が毎年2名と限られていたところに、今回は該当者の人数枠が広がった。より多くの社員にチャンスが与えられるとあって、周囲にも手を挙げようとする同僚が見られた。
ライバルは多かったものの、Aさんは仕事の合間に英語を勉強しなおしたり、国内営業で鍛えたプレゼンテーション能力をフル活用して上司を説得したりと苦労の末、社長面接で長年の夢と今後のビジョンを語って、とうとう派遣メンバーに選ばれることとなった。
英語には自信があったが、講義についていけず・・・
いよいよ海外研修がはじまった。場所は、ニューヨーク。グローバルな雰囲気を短期間でリアルに感じられる場所として、申し分のない選択だ。
意気揚々とプログラム初日を迎えたAさんだったが、初日にいきなり打ちのめされた。英語のテストで高得点を取っていて、英語には自信を持っていたAさんだったが、マーケティング理論の講義にまったくついていけない。
まず、講師のいっていることが半分ぐらいしか分からない。ニューヨークのビジネスパーソンを対象として開かれている講義に参加しているため手加減をしてくれないのだ。
そして、4人ずつに分かれたグループワークでも試練が待っていた。Aさんは年収が自分の30%にも満たないトルコ人の女性と組んだのだが、彼女のコースにおける理解度や発言の重さはAさんを凌駕していた。もし、コストパフォーマンスに優れた人材の登用を自社の幹部が考えはじめたとき、Aさんの社での位置づけはどうなるのだろうか?
日本でのAさんは、自社の名刺を出しさえすれば、それなりの待遇を受けることができた。だが、このニューヨークという街ではそんなものは通用しない。ここではAさんの発言やアイディア、行動力のすべてがダイレクトに評価される。力がないと判断されれば、即座に見限られる。それが当然であり自然のことなのだ。
いま考えてみると、日本にいたとき、このように自分の脳を揺さぶるようなインパクトを受けたことはなかった。
もしこのような経験をしなかったとしたら、45歳になるまでの10年の間に勘違いしたエリート意識にまみれてしまったかもしれない。そして、間違った優越感の中で「ゆでガエル」のようにビジネスパーソンとしての価値やポテンシャルを殺していってしまっただろう。Aさんは海外研修に来られたことをひそかに感謝した。