前回は、最終契約の前の大事なステップ「デューデリジェンス」について説明しました。今回は、事業譲渡における「最終契約」締結の手続きや留意点について見ていきます。

契約の主導権を握るには最終契約書の「原案」を作成

双方が細かな契約条項に同意すると、売り手はその情報や契約内容が真実かつ正確であるということを表明し、保証する「表明保証」が行われます。表明保証したにもかかわらず事実が内容と異なっていた場合には、損害賠償が請求されることもあります。

 

表明保証がすむと、いよいよ最終契約書の作成です。この契約書のドラフト(原案)を売り手が作成するのか、買い手が作成するのかは大きな問題です。


筆者はドラフトを作ったほうが、契約の主導権を握ることができると考えていますので、売り手であれ、買い手であれ、積極的にドラフトを作成してもらいたいと思います。もっとも、いったん相手方にドラフトを出させ、それを検討しつつ相手の出方や手の内を読んでいくという戦略もありますので、これは好みの問題なのかもしれません。


最終契約書は、専門家や顧問弁護士などに細かくチェックしてもらい、不備なところはないか、将来的に売り手にとって不利になるようなところはないかなどを入念に見てもらいます。その結果、問題がないとされれば、双方が最終契約書に捺印をして締結となります。


最終契約の手続は、契約締結で終了しますが、その後、事業譲渡に必要な諸事務の手続(クロージング)が行われます。主な手続には、譲渡代金の決済と確認、権利書・通帳・印鑑など、重要書類の確認と受け渡しなどがあります。担保となっていた物件や連帯保証の解除も契約後に実施します。手続の中には、契約締結当日にはできないものもあり、通常、クロージングは数日から数週間先の一定の期日を定めて行われます。

 

【個別の財産や権利の移転】
事業譲渡で必要な権利の移転手続について触れておきましょう。事業譲渡は、「箱=会社」の支配権の譲渡である会社譲渡とは異なり、あくまで中身=事業の売買ですから、資産や権利など個別に移転手続が必要なものがあります。


まず、取引関係では、売掛金などの債権や受取手形があります。売掛金債権を譲渡するには、売り手が債務者に譲渡の旨を通知するか債務者からその旨の承諾を得る必要があります。両者の合意で証書を作成し、売掛金債権の移転が確定します。受取手形の場合は、売り手が買い手に対して手形の裏書譲渡をすることで、移転が成立します。


工場などの不動産が賃借の場合には、賃貸人との間で賃借人の地位を承継する契約が必要です。製造機械がリース物件の場合も同様に、リース会社と交渉して賃借人の地位承継の同意を得るか、またはリース代金を一括して支払うなどして、今までどおり使用が可能となる状態にしておきます。


所有不動産や動産は、事業譲渡契約によって所有権を移転します。不動産の場合は所有権移転登記、自動車などは移転登録が必要です。特許権などの知的所有権の移転には、移転登録が必要となります。事業譲渡後に特許庁に移転登録申請書を提出します。免許や許認可については、譲渡はできませんから、事業譲渡後に必要な免許や許認可は、買い手が取り直すことになります。


買掛金などの債務についてはどうでしょうか。箱の中身である事業には借金、税金や社会保険料などの負債はついてきませんが、買掛金などの債務については、事業を譲受する際に債務引受が行われることがあります。


売り手に代わって買い手が債務を引き受ける免責的債務引受では、債権者の同意が必要です。場合によっては、売り手と買い手の双方が連帯責任を負う併存的債務引受という契約を結ぶこともあります。この場合、債権者に同意を得る必要はありません。

雇用契約はいったん終了して再契約を結ぶ

また、雇用契約は事業譲渡によって自動的に承継されることはありません。従業員については、基本的に雇用契約をいったん終了して、それまでの給与や退職金などは売り手の会社が支払うことになります。そして買い手は、新たに各従業員と個別に雇用契約を結ぶ必要があります。


もっとも事業譲渡の場合には、基本的にその事業が継続され、従業員の仕事の内容も従前どおりであることから、同じ労働条件(賃金、就業時間、就業場所など)の雇用契約を結ぶのが一般的です。ただし、労働条件は必ずしも同じではないので、一人ひとりの意思確認が必要となります。


雇用契約がいったん終了するため、従業員には売り手から退職金が支払われることがあります。ただし場合によっては、事業譲渡の際に従業員に支払うのではなく、買い手がいったん退職金を労働債務として引き受け、将来従業員が退職するときに、その分を加算して支払うこともあります。


その際、従業員の退職金は、売り手から債務として引き継ぐことになりますから、譲渡価格から減額されることになります。


事業譲渡によって入金された売却代金は、債務の支払に充てられます。支払の優先順位は、弁護士費用、税金(法人税などと消費税)、未払給与や退職金などの労働債務、そして金融機関への弁済という順となっています。


たとえば3500万円の代金を得たとしても、税金と労働債務で合わせて3000万円の未払金があれば、弁護士費用も支払えないということになってしまいます。これではその後の手続も進められません。


また、残った「箱=会社」の特別清算には、金融機関など所定の同意が必要です。売却代金から弁済できなければ、金融機関の同意も得られません。そういったことを考慮すると、事業譲渡の際に、税金や労働債務の未払金が残っていないことが大切です。

本連載は、2015年8月26日刊行の書籍『赤字会社を驚くほど高値で売る方法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

赤字会社を驚くほど高値で売る方法

赤字会社を驚くほど高値で売る方法

山田 尚武

幻冬舎メディアコンサルティング

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