買い手にとって「説得力のある評価」をどう算出するか
会社の貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)やキャッシュフロー、ビジネスモデルなどをもとにした経営者との話し合いの中で、今後の方針を決めていきます。赤字会社で、経営者本人が事業を承継する意思がなければ、「箱=会社」と「中身=事業」を切り分けて中身を売る事業譲渡という方法を実行していくことになります。
会社の中身が、いったいどのくらいの価値を持つのか、気になる方も多いでしょう。そこで次に、事業譲渡における事業の評価方法について解説していくことにします。
資産超過会社の場合には、会社の株式をM&Aでそのまま譲渡するケースが多く、その評価方法には、会社の資産を時価に換算したものから負債を引いた価額をもとにした「時価純資産法」や、類似する上場企業の株価から算出した「類似業種比較法」さらに将来のキャッシュフローをもとに現在の価値を割り出した「DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法」などがあります。
一般に黒字の中小企業では、純資産法が多く使われます。このとき、会社の資産から負債を引いた純資産に、「のれん代」といって利益(たとえば営業利益)の1年から5年分をプラスすることがよくあります。この方法が理論的に正しいかどうか別として、計算方法が簡明であり、売り手・買い手の納得が得られやすいというのがその理由です。
たとえば、資産総額10億円、負債総額8億円で、年間5000万円の利益がある会社だとしましょう。資産から負債を引いた純資産は2億円です。年間5000万円の利益が3年分とすると1億5000万円ですから、これに純資産を足すと3億5000万円。これが評価する際のひとつの目安となります。
これに対し、債務超過会社の場合には、資産がゼロなので、赤字の損益計算書をもとにした数字を使うことはできません。このため、事業譲渡の対象となる部分の資産の価額(時価)に、事業譲渡の対象となる部門のその後見込まれる利益を加算したものが対価とされます。この方法であれば評価を迅速に算出することができるうえ、買い手に対して説得力もあるからです。
法的手続きの経費を資産価額に上乗せする場合も
資産の価額を時価で算出する際のポイントとしては、帳簿価格を時価に引き直すことです。
まず売掛金や受取手形のうち回収不能債権を減額し、その代わり計上している貸倒引当金はゼロとなります。棚卸資産については、不良在庫分を減額します。また、土地・建物は時価に置き換えます。上場株式の有価証券などは市場価格、ゴルフ会員権は直近の会員権相場に置き換えます。
もう一方の事業譲渡の対象となる部門のその後見込まれる利益というのは、のれん代とも呼ばれるものですが、事業譲渡する部門の収支が算出されている場合には、容易に算定することができます。
仮にその数字が算出されていれば通常過去3年間の平均値をとりますが、売上げが急激に伸びていたり減少したりしている場合には、直近の数字を重視した値にします。その場合、たとえば、次のような計算式で導くことができます。
対象部門の利益平均値=前々期利益×0.2+前期利益×0.3+直近利益×0.5
こうして算出された利益を何年分見込むかは、その業種や業界によって異なります。競
争が激しく安定した利益が期待できない業界では1.5年から2年分の場合もありますが、安定的に収益が見込まれる業種や業界では、3年から5年分もののれん代が上乗せされることもあります。
たとえば、事業部門の資産が2000万円あったとしましょう。さらにこの事業部門だけで1000万円の利益を上げていれば、のれん代が1000万円の3年分で3000万円ということになり、合計5000万円の評価になります。
また、債務超過会社の事業譲渡の場合、会社が法的手続きをとるために必要な費用が生じてくるので、事業譲渡の対象となる資産価額に上乗せされた金額が事業譲渡代金とされることもあります。
実際に、筆者が担当した例で説明しましょう。破産手続開始の申立てをする直前の会社から、店舗を譲り受けた案件です。複数ある店舗の建屋はすべて賃借物件であり、事業譲渡対象となる資産はほとんどありませんでした。また個々の店舗の儲けが小さかったこともあり、まともに値段はつけられないような状況でした。
しかし、破産手続開始の申立てには、申立代理人となる弁護士の費用や裁判所への予納金が必要であり、この費用相当額は必ず欲しいという経営者の申し出を受け、これに見合う金額を目安として事業譲渡の代金を定めました。もちろん、財務デューデリジェンスを実施し、その結果と整合していることは確認しました。
なお、譲渡される事業に携わる従業員はいったん会社を退職してから、新たに買い手の会社に入社する場合が多く、従業員の移転そのものについては、対価が発生したり、譲渡代金の一部となることはありません。