将来の後継者と見なされるが故の「やりにくさ」も・・・
ファミリービジネス研究によると、後継者と従業員との間には、複雑な関係があることが示されています。ファミリービジネスの後継者は将来の経営者としての地位(生得的地位)を保有するが故に、入社後、事業承継に向けての特別な処遇がなされます。具体的には、早い昇進、一般従業員とは区別されたキャリアパスなどです。
この後継者への特別な処遇は、事業承継において積極的な意味と消極的な意味を生み出します。
積極的な意味は、将来の事業承継に向けて、計画的に後継者を育成することができることです。一般企業では、勤務年数が長くならないと経営管理に関わる業務は経験できませんが、ファミリービジネスでは、後継者の勤務年数を考慮することなく、比較的若い段階から経営管理業務を経験させることができます。
他方、消極的な意味としては、従業員から特別な視線が後継者に向けられることによって、後継者と従業員との関係がギクシャクしてしまうことです。筆者の某資材製造販売業の事例研究によると、後継者は自分よりも遥かに経験豊かなベテラン社員から常に敬称で呼ばれていることが示されていました。
また、食品製造販売業の事例によると、後継者は、正社員から将来経営者になる存在として本音ベースで対応してもらえない様子が示されていました。
このような事例は、一般企業では考えにくく、ファミリービジネス固有の現象といえるかもしれません。多くの従業員から将来の後継者とみなされるが故に、後継者には従業員との仕事のしにくさがあるのです。ここでは、後継者が感じる従業員との仕事のしにくさのことを、仕事上の距離感と呼ぶことにしましょう。
【図表1】承継プロセス初期における後継者と従業員の関係
従業員との距離感が内部に新しい価値観を生み出す
従業員との仕事上の距離感とは、実は事業承継において負の効果があるだけではありません。筆者の事例研究によると、後継者に外の世界へ視点を向けさせる効果があることが示されています。典型的なことでは、経験が浅い後継者が従業員(先代世代の経営幹部も含む)と仕事上の距離があるが故に、外部団体やコンサルティング会社に仕事上のヒントを求める傾向があることです。
以前の連載でも二代目以降の経営者は、自らの能力や経験を補完する観点から外部の専門家の意見を参考にするお話をしました。それだけではありません。後継者は外部環境と接触することによって、ファミリービジネス内部では生まれにくい発想を取得することができるのです。この外部環境との接触が、後継者がファミリービジネスに新しいアイデアや価値観を持ち込む契機となる可能性があります。
円滑な事業承継にあたっては、先代経営者が後継者と従業員との仕事上の距離感をどのようにマネジメントしていくかが重要なポイントとなります。
次回の連載では、後継者が能動的行動(イノベーションの発露)を生み出す観点から、後継者と従業員との関係を考察することにしましょう。
【図表2】後継者と従業員との関係が生み出す効果
<参考文献>
Barach, J. A., Gantisky, J., Carson, J. A., & Doochin, B. A. (1988). ENTRY OF THE NEXT GENERATION- STRATEGIC CHALLENGE FOR FAMILY BUSINESS. Journal Of Small Business Management, 26(2), 49-56.
落合康裕(2014)『ファミリービジネスの事業継承研究:長寿企業の事業継承と後継者の行動』神戸大学大学院経営学研究科博士論文.
落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.