前回は、事業承継を契機に「特定企業への依存」を解消するスキームを取り上げました。今回は、中小ファミリー企業が「長期的な収益性」を高める方法を見ていきます。

業界の構造・収益性を分析する「5フォース・モデル」

経営学や競争戦略論の概念のひとつに、5フォース・モデルがあります。この5フォース・モデルとは、企業が競合他社と競争する業界構造について分析するモデルです。具体的には、売り手の交渉力、買い手の交渉力、競合企業の脅威、業界への新規参入業者の脅威、代替品の脅威という5つの要素から、業界の構造や収益性を考える分析手法のことです。

 

例えば、自社が特定の大企業に販路を大幅に依存している場合、製品の買い手である特定大企業の自社に対する交渉力が高いと分析することができます。

 

このように、5フォース・モデルは、自社が存在する業界構造を明らかにしてくれると共に、自社の収益性を高める取引先との交渉力を分析する視点を提供してくれます。

 

[図表]5フォース・モデル

出所:Porter (1980)の記述(邦訳, p.18)を参考に、筆者が加筆・修正の上作成.
出所:Porter (1980)の記述(邦訳, p.18)を参考に、筆者が加筆・修正の上作成.

「長期利益」の獲得に影響する業界の構造

業界の構造は、自社の将来にわたって獲得する利益(長期利益)に影響を与えます。そのため、企業はできるだけ収益性のある業界で企業活動を行おうとします。しかし、潤沢な投資資金や人材をもつ大企業と異なり、経営資源が限定される中小ファミリー企業は容易に業界を変更することはできません。

 

それでは、中小ファミリー企業が長期的な収益性を高めようとする場合に、どのような解決策が検討できるでしょうか。

 

第一に、新製品サービスの開発があげられますが、中小ファミリー企業の場合、単独で業界にインパクトある新製品サービスを投入し続けることは厳しいかもしれません。そこで、第二に考えられるのが、業界での自社の取引交渉力を高めることです。

 

業界の構造は、マクロ経営環境(政治、経済、社会、技術)や競合企業などの動向によって日夜変動していきます。中小ファミリー企業の経営者は、経営環境の変化を睨みつつ、自社の技術や製品、物流や販路における強みや弱みを認識して、取引交渉力の引き上げを検討する必要があります。

 

例えば、技術環境に伴って自社の独自技術の拡張性が高まる場合、川上や川下の企業と取引条件の見直しを協議することで、自社の将来的な収益性を高められるかもしれません。

事業承継を「取引条件の見直し交渉」の機会に

他方、中小ファミリー企業の経営者は、自社の長年の取引関係がある仕入先や顧客との取引条件を変更することは容易なことではありません。それは、中小ファミリー企業は、得意先企業と切磋琢磨して、困難を互いに乗り越えてきた歴史的経緯があるからです。

 

そこで、事業承継を取引条件の見直しの交渉に活用する方法があげられます。例えば、先代経営者と後継者が役割分担をしながら取引条件の見直しの交渉を行う方法です。

 

具体的には、従来どおり得意先企業との取引関係の維持や円滑化を先代経営者が担い、後継者が具体的な取引条件の見直しの交渉を行うような方法です。先代経営者は得意先企業に切り出しにくくても、過去の文脈を知らない後継者なら率直に提案できる可能性があります。逆に、得意先企業にとっても、長期的な関係がある先代経営者ではなく、後継者から提案される方が良いかもしれません。

 

 

<参考文献>
落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.

Porter, M. E. (1980). COPETITIVE STRATEGY. New York:  Macmillan Publishing. (土岐坤・中辻萬治・服部照夫訳『競争の戦略』ダイヤモンド社, 1982).
 

本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

事業承継のジレンマ

事業承継のジレンマ

落合 康裕

白桃書房

【2017年度 ファミリービジネス学会賞受賞】 【2017年度 実践経営学会・名東賞受賞】 日本は、長寿企業が世界最多と言われています。特にその多くを占めるファミリービジネスにおいて、かねてよりその事業継続と事業承継が…

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録
会員向けセミナーの一覧