後継者が先代と取引先の関係を認識できないと・・・
経済学や経営学では、情報の非対称性という概念があります。この情報の非対称性とは、二つの主体の間で情報が共有されていないことによって非効率が生じてしまうことを意味します。本連載で取りあげているファミリー企業の事業承継においても、先代経営者と後継者との間で情報の非対称性の問題が存在しています。
例えば、後継者が先代経営者と先代世代からの取引先との間で、どのような取引関係を築いてきたのか認識できないことによって、円滑な事業承継が実現しない場合がそれにあたります。
それだけではありません。社内の従業員との間でも同じことがいえます。先代経営者と先代世代の経営幹部の間で築かれてきた長年の関係性について、後継者は認識することができないこともあります。
企業の長期的な収益性に大きな影響を与える要因に
事業承継において情報の非対称性がもつ消極的な意味は、先代経営者が仕入先や顧客先との間で築いてきた取引上の条件や交渉力を後継者世代に移転することが難しいことがあげられます。前回の連載でも述べてきた通り、取引先との条件や交渉力は、中小ファミリー企業の長期的な収益性に大きな影響を与えます。
例えば、先代経営者から若い後継者への事業承継に伴って、先代経営者の時代に自社にとって有利に定められていた取引条件が変更となる(自社に有利に働かなくなる)ケースが考えられます。自社にとって有利な取引条件とは、先代経営者が取引先との間で長年情報を共有して信頼関係を築いてきたからこそ実現されるものです。その意味で、取引上の歴史的文脈を知らない若い後継者にとっては、難しいといえるでしょう。
筆者の研究によると、事業承継に伴う情報の非対称性を低減するために、先代経営者は重要取引先との商談において後継者を同席させる工夫をしている企業もあります。
世代間の情報格差が、経営革新の発露となる可能性も
他方、ファミリー企業の事業承継においては、情報の非対称性が積極的意味をもつ場合もあります。先述の通り、世代間の情報の非対称性とは、取引先との取引事情に詳しい先代経営者と事情に乏しい後継者との情報格差を示します。
ここでいう積極的意味とは、後継者が先代世代と取引先の文脈を知らないからこそ、思いきった思考や行動がとれることです。確かに、先代経営者による取引先との長期的な関係性は、後継者世代による新しい事業経営において積極的な意味をもつことは間違いありません。しかし、後継者が先代世代との関係を配慮しようとするあまりに、後継者の独自性が発揮しにくいという問題もあります。
世代間の情報の非対称性は、後継者が取引上の文脈を知らないことによる、いわば前例にとらわれない思考や行動を促し、経営革新の発露となる可能性もあるといえるでしょう。
<参考文献>
落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.