前回は、事業承継における世代間の「情報の非対称性」の問題を取り上げました。今回は、先代の「レガシー」によって後継者が抱える課題を見ていきます。

地域の業界団体等にはすぐ受け入れられるが・・・

ファミリービジネスの後継者の強みの一つは、先代世代が築いたレガシーに依存できることであるといえるでしょう。ここでいうレガシーとは、先代世代からの経営資源(社員、設備、資金、技術等)に加え、関係資産(利害関係者との関係等)も含みます。

 

筆者の老舗ファミリー企業の調査においても、暖簾会や地域の業界団体に新参者である後継者が先代世代の恩恵を受けて比較的容易にに受入れられる様子が観察されました。これは、自分で起業したベンチャー企業家にはない強みといえるでしょう。

 

他方、先代世代の恩恵を受けられることは、老舗ファミリー企業の後継者に消極的な意味ももたらします。それは、後継者が先代世代と差別化された思考や行動をとりにくいということです。

 

仮に、後継者が先代世代との関わりが強い取引先(仕入先や顧客など)との間の慣習を逸脱するような行いをすれば、先代世代の恩恵に与れない可能性があります。その意味で、後継者は先代世代からの取引先に対して配慮するあまり、十分な交渉力を発揮できないことを意味します。

後継者を成長させる「自力での取引先開拓」

後継者の社外取引先に対する交渉力を引き上げる方法として有力なのが、後継者に新規で取引先を開拓させる方法があげられます。以前の連載でも、後継者に新しい取引先を開拓させることは、自社の調達先と販路の拡大、自社に新しい価値観を持ち込めることを指摘しましたが、実はそれだけではないのです。

 

後継者に新しい取引先を開拓させることは、後継者に仕事上の自信を持たせることに繋がります。後継者は、ゼロから試行錯誤して新しい取引先を開拓することで、取引にかかわる自分自身の考えや判断基準を養成することができるのです。

 

なぜ、自分で新しい取引先を開拓した経験がある後継者は、先代世代からの既存取引先に対しての交渉力が高まりやすいのでしょうか。

 

その理由は、自分で開拓した取引先とは、後継者は本音ベースで取引交渉ができるためです。本音ベースで取引ができるからこそ、後継者は交渉相手の業界事情や背景を理解することができるようになります。入社当初の経験の浅いファミリービジネスの後継者は、取引先の背景情報を認識できていません。そのため、後継者は取引先との間でイニシャチブをとれず、結果として先方の意向に配慮することが中心の取引姿勢になりがちです。

 

反対に、独自に取引先を開拓した経験がある後継者は、自分の経験を基にして、先代世代からの取引先であっても、聞くべき点は聞き、主張すべき点は主張する対等な取引を行える交渉力がみにつきやすいといえるでしょう。

 

 

<参考文献>
落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.

本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

事業承継のジレンマ

事業承継のジレンマ

落合 康裕

白桃書房

【2017年度 ファミリービジネス学会賞受賞】 【2017年度 実践経営学会・名東賞受賞】 日本は、長寿企業が世界最多と言われています。特にその多くを占めるファミリービジネスにおいて、かねてよりその事業継続と事業承継が…

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