後継者として組織から「受容」されることが重要
ファミリービジネスの後継者の役割は、先代経営者から事業を引き継ぐだけではありません。後継者自身が、自分の代で独自の取り組み(能動的行動)を行う必要があります。
前回の連載では、従業員からの特別な視線が組織内部で後継者と従業員との仕事上の距離感を生み出すこと、そして後継者は外部環境(取引先、外部団体など)に目が向きやすい傾向があることをお話しました。故に後継者は外部環境と関わり合うことで、組織に存在しない異質な価値観(事業を客観的に捉える視座)を涵養することができます。
他方、組織内部の従業員との距離感が開いたままの状態では、後継者は組織内部で十分なリーダーシップを発揮できません。つまり、後継者自らが大きな絵を描き、大勢の従業員を巻き込むようなスケールの大きい仕事をすることはできません。
それでは、後継者はどのようにすれば従業員から受入れられる(組織的受容がなされる)のでしょうか。
筆者の老舗企業の事例研究によると、関西の某産業資材製造業の後継者は若い時代に関東の大口顧客を開拓しましたが、従業員からは先代経営者の恩恵によるものであると認識されてしまったそうです。この事例からは、例え後継者が実績を示したとしても、従業員から受入れられることの難しさが示されています。
欧米のファミリービジネス研究によると、後継者が組織から受入れられる条件が示されています(下図参照)。後継者は、自分の主張に基づく思考や行動をする前提として、集団の文化(理念、価値観、商慣習など)を受入れる必要があるのです。
[図表1]後継者の組織的受容の条件
現場従業員と「同じ目線」で仕事に取り組む
集団文化に則した行動としての典型的なものが、後継者が積極的に現場従業員と同じ目線で仕事に取り組む行動があげられます。以下、後継者による現場従業員との積極的な関わり合いがもつ三つの意味について考えていきましょう。
第一に、後継者と現場従業員との関わり合いは、現場で生じる課題への後継者の検知能力を高める意味があります。将来の事業承継が予定されている後継者の場合、現場業務を経験することなしに経営者になることも考えられます。現場感覚のない後継者が企画立案する経営戦略は、机上の空論になってしまう可能性があります。
第二に、現場従業員を後継者の味方につける意味があげられます。将来の経営者である後継者が、現場従業員と同じ目線で同じような仕事をすることで、現場従業員と価値観を共有することができます。組織で価値観を共有するということは、相互に受入れることを意味します。結果として、後継者は自分の主張を聞いてもらいやすくなるでしょう。
最後に、後継者と現場従業員発で組織変革の波を広げていくことにも繋がります。後継者の独創的な思考や行動は、例え先代経営幹部や中間管理職層の反対にあったとしても、事業の基盤を支える現場従業員からの賛同を取り付けることで実現しやすくなる可能性があります。
[図表2]後継者と現場従業員との関わり合いがもつ三つの意味
<参考文献>
Barach, J. A., Gantisky, J., Carson, J. A., & Doochin, B. A. (1988). ENTRY OF THE NEXT GENERATION- STRATEGIC CHALLENGE FOR FAMILY BUSINESS. Journal Of Small Business Management, 26(2), 49-56.
落合康裕(2014)「ファミリービジネスの事業継承と継承者の能動的行動」『組織科学』第47巻 第3号, 40-51頁.
落合康裕(2014)『ファミリービジネスの事業継承研究:長寿企業の事業継承と後継者の行動』神戸大学大学院経営学研究科博士論文.
落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.
鈴木竜太(2013)『関わりあう職場のマネジメント』有斐閣.