債務者の意思一つで別会社を使った事業再生は可能
前回で説明したように、①超長期による返済、②サービサーによる債権買い取り、③資本的劣後ローンを使った債務超過の解消という3つの戦略には、それぞれ問題点があり、④別会社を使った事業再生スキームについては、特に用心すべき制度上のデメリットや問題点はありません。
それどころか、この戦略には他の手法にはない非常に大きなメリットがあります。すなわち、別会社を使った事業再生スキームを利用するために、債権者の同意を得る必要は全くなく、債務者の意思一つで行うことができるのです。そのような意味において、別会社を使った事業再生スキームは、他の3つの戦略に比べて、はるかに容易に、かつ効率よく事業の立て直しを実現できる再生手法といえるでしょう。
実際、私自身も、既に述べたように、この別会社を使った事業再生スキームによって、300億円の債務を抱えていたにもかかわらず、無事、経営を再建することに成功しました。そのそもそものきっかけとなったのは、忘れもしません、東京商工会議所中野支部が1995年6月に主催した「営業権譲渡」をテーマにしたセミナーでした。
もともと、私はこのセミナーを受講するつもりは毛頭ありませんでした。父から受け継いだ会社をどうやって立て直したらいいのか――そのことを考えるのに日々頭がいっぱいで、セミナーに参加するような心の余裕など全くなかったからです。しかしなぜか、当時、東京商工会議所中野支部の事務局長だった方が、私が何度も断ったのにもかかわらず、繰り返し熱心に勧めてきたのに根負けして出席してみることにしたのです。
会場に行くと、中小零細企業の経営者が100名ほど集まっていました。「みなさん、バブルがはじけてお困りでしょうね。この難局を乗り切るのは営業権譲渡しかありません」有名経営コンサルタント会社A社の代表を務めていた講師の言葉を耳で追っているうちに、私の中にある一つの確信が芽生え始めました。
営業権譲渡か・・・初耳だが、この方法を使えば300億円の負債を整理して、会社を新たな形で甦らせることができるかもしれない――と。セミナーが終わると、私は講師と名刺交換し、翌日にはA社を訪問し、営業権譲渡についてより詳しいレクチャーを受けました。その結果、別会社を使った事業再生スキームの具体的な構想が次第に固まっていったのです。
別会社へ利益部門の営業権を譲渡後、債務会社を清算
当時、Y不動産の営業部門の中では、唯一、賃貸管理部門だけが正常な状態で、毎月、確実に利益を上げ貴重なキャッシュフローをもたらしてくれていました。そこで、別会社を設立してその賃貸管理部門について営業権譲渡を行い、Y不動産は債務を抱えた状態のまま最終的には清算することを計画したのです。
ところが、いざ計画を実行に移そうとしたところ、思いもよらぬ誤算が一つ生じました。プロジェクト遂行のために必要となる具体的な作業を長年の顧問弁護士事務所に依頼したところ、「営業権譲渡の案件を手がけたことがないのでできない」と断られてしまったのです。そのため、他にあてがなかったことから、やむなく、私はA社に依頼することにしました。しかし、同社のビジネスライクな姿勢が気にかかっていたので、一抹の不安を感じずにはいられませんでした。
A社とその弁護士グループによって、過去5か年分の決算内容の調査が行われるなどY不動産及び関連会社4社に対するデューデリジェンスが進められ、1か月が過ぎようとした頃、突如、一つの“朗報”がもたらされました。一度は依頼を断ってきた弁護士事務所から、「長年お世話になったY不動産が大きな決断をして再生に取り組んでいるのだから、やはり頑張って協力したい」との申し入れがあったのです。
A社の手法に対して強い疑念が募っていたこともあり、私はこの申し入れを喜んで受け入れました(最終的にA社にはデューデリジェンス費用として500万円を支払いました)。顧問弁護士の他、さらに税理士、公認会計士も加え、改めて「再生プロジェクトチーム」を結成し直し、以後迷うことなく、一丸となって営業権譲渡に向けて突き進んでいったのです。
そして、1996年7月、株主総会にてY不動産から新たに設立した、現会社である株式会社スペースへ賃貸管理部門を譲渡することを承認しました。その後、Y不動産は社名を変えた後、2000年に破産手続きを行って清算され、再生プロジェクトはつつがなく幕引きを迎えることができたのです。
別会社を用いた事業再生スキームは、1990年代後半当時はまだまだ一般的ではなかったために、私も弁護士も全くの手探り状態であれこれと試行錯誤しながら進めることを余儀なくされました。しかし、その後、会社法改正等によって関連する諸制度が整えられたこともあり、このスキームは今では大変に分かりやすく、使い勝手のよいものとなっています。
この事業再生スキームを行ううえで、むしろ重要なのは、手続きそのものよりも、そこに至るまでのプロセスで必要となる債権者とのやり取り、とりわけ銀行との交渉です。債権者との交渉がスムーズに進まずに、その抵抗を受けることになれば、この戦略をベストの形で実行することは困難となるでしょう。