店長が休職に追い込まれた原因を調査
代わりに店長を兼任することになったのは、近隣店舗の店長である高橋由紀さん(仮名/54歳)でした。
高橋さんにとって中村店長は新人時代から指導してきた可愛い部下です。休職に至るまでの経緯を聞いた高橋さんは、人事・総務部門に相談し、職場でなにが起きていたのか調べることにしました。
事前に複数の従業員から事情を聞き、正弘さんが中村店長に向けて発言した内容や、その場にいた人の証言を集めました。正弘さんの改善提案そのものには合理的な部分がありましたが、店長の人格や能力を繰り返し否定する発言、ほかの従業員を巻き込んだ嘲笑などについては、業務改善の範囲を超えた問題があると判断されたようです。
そして、2回目の契約期間の満了まであと1ヵ月というとき、正弘さんは高橋さんと人事担当者から面談に呼ばれました。
「佐藤さん、次回の契約更新についてですが、会社として更新しない方針です」
正弘さんは耳を疑います。「どういうことですか? 私は仕事もきちんとやっていますし、改善提案だってしてきたでしょう?」
「業務に熱心に取り組んでいただいたことは評価しています。ただ、店長の中村さんやほかの従業員に対する言動について、複数の相談が寄せられています」
高橋さんは、確認された発言の内容を一つずつ説明。正弘さんは反論しましたが、人事担当者からはいっそう深刻な話が。
「会社側は本人の説明も踏まえて、職場環境への影響が大きいと判断しています。中村店長の休職に至る経緯についても確認を進めています。ご本人から損害賠償を求められる可能性がありますし、会社としても法的な対応を検討する場合があります」
「そんな大げさな……。私は、店をよくしようとしただけですよ」
高橋さんは「佐藤さんが正しいと思うことを伝えるのは構いません。でも、相手にも立場や事情があります。まして、周囲を巻き込んで人を笑いものにすることは、仕事の能力とは関係ありません」と告げました。
正弘さんは会社側の方針に納得したわけではありませんでしたが、これ以上その職場で働き続けることが気まずくなり、結局、正弘さんは契約満了を待たず、会社と退職日について合意し、職場を去ることに。
「大企業で経理部長を務めていた自分が、アルバイト先でこのような扱いを受けるとは……」
正弘さんのプライドは深く傷つきました。幸い、経済的にはまだ余裕があります。
「やっぱり、こんな仕事をする必要はなかったんだ。自分の事業に集中しよう」。そう考えた正弘さんは、中小企業向けの経理代行や財務支援の仕事に本腰を入れようと試みます。異業種交流会に参加し、名刺交換をした相手にこれまでの経歴や資格を説明しても、その場では感心されるだけで実際に依頼はありません。
気づけば退職から半年以上が経過していました。生活に困るほどではありませんが、事業収入はわずかで、資産を取り崩す生活が続いています。これまで自分の能力には絶対的な自信があった正弘さんでしたが、いまでは誰からも必要とされていないような気持ちになっています。
「この先、ずっと仕事がなかったらどうなるんだろう……」
十分な資産を持っているにもかかわらず、「社会との接点を失い、自力で稼ぐ自信を喪失したこと」が、正弘さんの心に得体の知れない老後のお金への不安を植え付けていたのです。
