【ドバイ・アブダビ】生前に引き継ぎ方を整えやすい
ドバイとアブダビでは、相続時の現地の税負担を抑えながら、家族への引き継ぎ方を生前に決めておけます。
まず、UAEでは個人に相続税・遺産税は課されません。外国人でも、指定地域では土地や建物の所有権を期限なく持てる「フリーホールド」の物件を選べます。登記は首長国ごとに管理され、ドバイ土地局(DLD)やアブダビ不動産センター(ADREC)には、権利証などの登録書類を照合する公式サービスもあります。購入時に権利の種類と登録内容を確認し、家族に引き継ぐ資料をそろえておける仕組みです※4。
相続の準備に活用できるのが、DIFC(ドバイ国際金融センター)の裁判所が提供する、非イスラム教徒向けの遺言登録制度です。ドバイだけでなく、アブダビやラス・アル・ハイマなどの資産も対象にできます。利用条件に合う方には、まずこの制度から検討することが推奨されます※5。
この遺言登録制度では、英米法(コモンロー)の考え方を基礎に、遺言の登録から執行までの規則が整えられています。UAEの居住者である必要はなく、日本に住んだままビデオ会議で登録できます。遺言は英語で作成し、誰に何を遺すか、手続を進める遺言執行者を誰にするかなどを決めます。包括型の「Full Will」なら、UAEの不動産に加え、預金や株式などもまとめて対象にできます※5。
たとえば、ドバイとアブダビにそれぞれ別の物件を持っている方なら、両方の引き継ぎ方を一つの遺言で決められます。リモートで、自分の希望を現地の制度に沿って残せる点は、日本在住の所有者にとって使いやすい仕組みです。
登録後も、相続発生時の裁判所の手続と名義変更は必要ですが、DIFC裁判所は、一般的な案件では、通常数週間で「プロベート」と呼ばれる遺産分割のための公的な認証が付与されます。この手続だけで何カ月もかかる国が多い中で、非常にスピーディーな制度設計になっています※5。
なお、UAEで相続税が課されなくても、日本では課税される場合があります。現地での引き継ぎと日本での納税の両方を準備しておくことが大切です。具体的な登録方法と相続発生後の流れは、次回以降で説明します※5、6。
公正証書遺言に「海外不動産への言及」があれば十分なのか?
「日本で公正証書遺言を作ってあるから、それで十分ではないか」と思う方もいるでしょうが、実際はどうなのでしょうか?
日本の遺言がUAEで一律に無効になるわけではありません。ただ、日本で有効な遺言でも、現地の銀行や登記機関がそのまま手続を進められるとは限りません。ドバイ裁判所の公表案内では、UAEの裁判所以外で作成された遺言については、遺言の実施を求める訴えを起こし、適用する法律の認証された写しを添える必要があると説明されています※7。
つまり、日本の公正証書遺言を持っていることだけで、UAEの口座払戻しや不動産の名義変更まで自動的に進むわけではありません。また「UAE所在の不動産の遺言にはUAE法を適用する」というUAE法の特則もあるため、日本と現地の両方を踏まえた確認と準備が必要です※7。
現地紙「The National」が2020年11月に報じた事例で、備えが間に合わなかった場合に何が起きるかを示しています。アブダビで働いていた英国出身の男性(58歳)は、現地の遺言を作成している途中の2018年12月、心停止で急死しました。銀行口座は凍結され、勤務先も、裁判所の相続命令が出るまで生命保険金や清算金の支払いを保留しました。男性名義の車は保険を更新できず、死後23ヵ月たっても自宅の前に停まったままでした。報道の時点で、裁判所の判断はまだ出ていませんでした※8。
これは日本人の事例ではなく、また、2020年以降の法改正で、非ムスリム外国人の相続のルールも変わっています。ただ、相続が起きると口座などの資産はいったん凍結され、裁判所の手続を経なければ動かせないという基本の構図は現在も同じです。遺言がなければ、裁判所で「誰がどの割合で相続するのか」を確定するところから始まり、時間は読みにくくなります。家族が煩瑣な思いをしなくてすむように、生前から準備しておく必要があります。
すでに日本の公正証書遺言などがある方は、UAE側の弁護士にも見せ、現地でどのように実施するのかを確認しておくのが安心です。DIFC遺言を追加する場合は、同じ財産の分け方が食い違ったり、日本の遺言を意図せず取り消したりしないよう、両方を照らし合わせることも大切です。
購入から相続まで…家族が相談できる窓口を探しておく
もう一つ、物件そのものの引き継ぎも忘れてはいけません。相続の手続中にも、管理費の支払い、賃貸契約の更新、完成前の物件の残代金など、確認すべきことは続きます。
遺言の登録の際に「遺言執行者」を選任することが必須です。配偶者などの親族を指定することもできますし、弁護士を最初から選任することも可能です。この遺言執行者は、遺言書の検認や実行の法的責任を負います。したがって、ご家族が遺言執行者になる場合には、現地法にも精通した弁護士と連携して法的な手続を進め、同時に、現地の不動産会社が物件情報を整理し、管理会社・開発会社との連絡を支えるという体制整備が重要です。可能であれば、購入時から、この役割分担を整えておくといいでしょう。
ドバイ・アブダビでは、運用中の収益だけでなく、次の世代への引き継ぎも見据えて不動産を持つことができます。遺言と支援体制を整えておけば、家族は相談先も手続もわからない状態から始めずに済みます。購入の段階で相続まで見通しておくことが、家族にとっても持ち続けやすい資産にするための備えになります。
※本稿は一般的な情報提供です。具体的な取扱いは国籍、宗教、居住地、家族構成、資産の所在地・所有形態等により異なります。遺言作成・相続・税務は、担当する専門家に個別にご確認ください。
※1 米国(ハワイ)の遺産税と相続手続
IRS 非居住・非米国籍の所有者と米国内財産(Form 706-NA、6万ドル基準)
IRS Form 706-NA 説明書(§2102(b)(3)(A)が適用される条約国に日本を明記)
IRS 遺産税・贈与税の租税条約(日本:Estate & Gift)
26 U.S.C. §2102(b)(3)(A) 条約による統一税額控除の按分
IRS What's New – Estate and Gift Tax(2026年の基礎控除額1,500万ドル)
ハワイ州税務局 Form M-6 説明書(非居住・非市民のハワイ所在財産、申告基準、除外額)
ハワイ州裁判所 現行の裁判所規則(Hawaiʻi Probate Rules)
ハワイ州裁判所 小規模遺産の宣誓供述書(動産のみ・10万ドル以下)
※2 マレーシアの相続課税・外国人所有・相続手続
PwC Tax Summaries Malaysia – Other taxes(相続税・遺産税・贈与税なし、非市民のRPGT税率。2026年6月16日レビュー)
National Land Code(Act 828, Revised 2020)第433B条(PKNS掲載PDF、610〜612頁)
Malaysian Bar Circular No 444/2024(2024年12月23日。州別の最低購入価格、州政府同意、相続に関する州の取扱い)
マレーシア政府ポータル Pembahagian Harta Pusaka(小規模遺産500万リンギ以下、遺言ありは高等裁判所)
Probate and Administration Act 1959 第52条(英連邦の裁判所のグラントの追認)
※3 フィリピンの外国人所有・遺産税・相続手続
1987年フィリピン憲法 第12条第7節(相続による承継を除き、私有地の外国人への移転を禁止)
Republic Act No. 4726(Condominium Act)第5条(フィリピン人60%要件)
Republic Act No. 10963(TRAIN法)による内国歳入法第84条・第86条(B)・第90条(B)・第97条の改正
Rules of Court Rule 74 第1節(遺言・債務がない場合の裁判外分割)、Rule 75 第1節(検認を経ない遺言は財産を移転しない)
最高裁判所 Testate Estate of Ramirez v. Vda. de Ramirez, G.R. No. L-27952(1982年2月15日)
内国歳入庁(BIR) RMC 56-2024(eCARの発行窓口)
※4 UAEの相続課税と外国人の不動産所有
PwC Tax Summaries UAE – Other taxes(個人に相続税等なし)
UAE財務省 Financial Legislation(連邦税法の一覧)
UAE政府 外国人の不動産購入(ドバイのフリーホールド地域、アブダビの投資地域)
Abu Dhabi Residents Office Where to live(2019年以降の外国人フリーホールド)
Dubai Land Department Verify Title Deed(権利証の照合)
ADREC Verify Document(不動産関連証明書の照合)
※5 DIFC遺言の利用条件と手続
DIFC Courts Wills FAQ(利用資格、非居住者のビデオ会議登録、Full Willの対象、英語要件、プロベート、ドバイ裁判所での執行)
DIFC Courts Rules & Directions(制度の根拠と掲載規則)
※6 日本の相続税
※7 外国で作成された遺言の実施
WAM Dubai Courts establishes first division for inheritance of non-Muslims(2023年7月10日)
Dubai Legislation Portal Law No. (15) of 2017(第3条・第4条・第18条)
※8 報道された事例
森 和孝
Eminence Luxe(ドバイ不動産仲介会社)Founder/CEO
One Asia Lawyers 国際弁護士(UAE法、シンガポール外国法、日本法)

