離婚より先に、妻が実行したこと
自宅に戻ると、大輔さんが苛立ちを隠せない様子で待ち構えていました。
「勝手に彼女の部屋へ行ったそうだな。社員の福利厚生として社宅を用意してなにが悪い」
「社宅に、なぜあなたの私物一式が揃っているの」
智子さんは物件購入時の契約書と融資資料をテーブルに提示しました。このマンションの購入にあたっては金融機関から会社名義で大規模な融資を受けており、会社が創業期から保有していた別の優良賃貸物件が担保に差し入れられていたのです。
その賃貸物件は毎月手堅いインカムゲインを生み出し、経営が厳しい局面でもキャッシュフローを支えてくれた重要な収益資産でした。正当な事業用投資であれば担保提供もやむを得ませんが、実態は私的な愛人関係のために、会社の基幹資産を過大なリスクにさらしていたことになります。
智子さんは、ここで感情に任せて即座に離婚をするような選択はしませんでした。離婚条件を争う前に、まずは会社の財務から大輔さんと莉奈さんの私的支出を完全に切り離し、企業価値を防衛することが最優先だと判断したからです。
外部の弁護士や公認会計士に協力を仰ぎ、客観的な使途不明金の調査を実施。美容整形関連で約2,000万円、私的なカード決済や旅費、備品代などを合わせると、流用総額は3,000万円を超えていました。加えて、居住実態のない社宅のローン返済と維持管理費により、毎月多額の会社資金が流出し続けていたのです。
智子さんはこれらの客観的証拠を整理し、ほかの取締役や大株主へ正式に開示しました。代表権を持つ経営者による明らかな「公私混同」および「善管注意義務違反」を指摘し、役員会での責任追及に踏み切ったのです。
弁護士を交えた協議の末、大輔さんは代表を退くことに同意。莉奈さんも会社を辞めました。莉奈さんが住んでいたマンションは売却し、その代金で借入を減らします。一方、安定した賃料収入を生み出していた既存の賃貸物件は残すことになりました。
会社の財務を正常化させた後、智子さんは大輔さんとの離婚協議を正式に成立させました。
それから1年後、智子さんは経営規模のスリム化を図りつつ、残された収益不動産からの安定した収入をベースに堅実な企業運営を継続しています。大輔さんと莉奈さんの関係は、マンションの引き払いを余儀なくされてから半年も持たずに破綻したとのことでした。
会社の資金力という後ろ盾を失った途端、二人の生活基盤もまた脆く崩れ去ったのです。
会社名義の資産が、本来の事業目的から逸脱した使われ方をしていないか
筆者にも、離婚や相続、経営悪化をきっかけに、会社名義や夫婦名義の不動産を整理したいという相談が寄せられます。
こうしたケースで問題を複雑にするのは、不動産そのものではありません。会社のお金、個人のお金、夫婦の財産。そして、経営者自身の感情や欲望。それらを一つの財布で動かしてしまう点にあります。
今回、智子が会社を守れたのは、すべての不動産を慌てて売却しなかったからです。維持費だけがかさむ不採算な物件(愛人の社宅)は速やかに手放し、一方で安定した家賃収入を生む物件は残し、会社の収益基盤を支えました。
家族・法人・個人にまたがる資産全体を確認し、売却後の生活や収益まで含めて整理して考える必要があります。不動産は会社を支える資産にも、経営を圧迫する負債にもなります。会社名義の資産が、本来の事業目的から逸脱した使われ方をしていないか。定期的に資産の実態を点検しておくことが重要です。
萩原 峻大
東京財託グループ 代表
資産形成・経営アドバイザー
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