「この土地だけは絶対に売るな」父と交わした最期の約束
「この土地だけは、絶対に売るなよ」
父が亡くなる少し前、病室で何度も口にしていた言葉を、直樹さんはいまでもよく覚えています。
地方で会社を経営する直樹さんの家は、祖父の代からいくつもの土地を所有していました。実家のほか、かつて祖父母が畑として使っていた複数の土地、古い月極駐車場、そして父が建てた築30年以上のアパートです。
父からすれば、それらは単なる不動産ではありませんでした。祖父から父へ、父から直樹へ――。何十年もかけて受け継いできた「家の財産」だったのです。
「土地を持っていれば、いつかお前たちを助けてくれる」
幼いころから父にそう聞かされて育った直樹さんにとって、土地を売るという選択肢は頭にありませんでした。10年前に父が亡くなり、相続したあとも固定資産税を納め、アパートの不具合を修繕し、管理会社に管理を委託して所有し続けてきました。
一つひとつの土地が年間でいくらの利益を生み、あるいはどれほどの持ち出しになっているか、詳細に並べて計算したことはありませんでした。それでも、自分はそれなりの資産を持っているつもりだったのです。
「うちは土地があるから」。妻にも、子どもたちにも、何度かそう話したことがあります。実際、不動産の評価額だけを見れば、小さな資産ではありません。父から受け継いだ土地を自分の代でも守り、いずれは子どもたちへ渡す――。不動産を持ち続けることが家族の将来を守る責任だと信じていました。
しかし、父の死から数年。直樹さんの会社の業績が少しずつ悪化しはじめます。原材料費や人件費が上がり、以前ほど手元にお金が残らなくなりました。家計にも、少しずつその影響が見えはじめます。
そんななか、大学進学を控えた娘から「行きたい大学がある」と、パンフレットを差し出されます。提示された学費は払えない額ではないものの、会社と家計の状況を考えれば、即答しづらい金額でした。
「少し考えさせてほしい」と答えた直樹さんに、数日後、妻の美穂さん(仮名/50歳)から予想外の質問が投げかけられます。
