「実はこの家、2年前に…」夕食時の55歳夫の白状に、22歳息子・52歳妻、激怒。こっそり“担保”にされていた〈妻の父が援助してくれたマイホーム〉

「実はこの家、2年前に…」夕食時の55歳夫の白状に、22歳息子・52歳妻、激怒。こっそり“担保”にされていた〈妻の父が援助してくれたマイホーム〉
(※写真はイメージです/PIXTA)

資金繰りや業績悪化の難局に直面した際、「会社を持ち続けること」だけが守る術とは限りません。時には経営権を手放す判断が必要になりますが、その決断に至る経緯を独断で行ってしまうと、のちのちトラブルとなることも……。本記事では村瀬茂さんの事例をもとに、東京財託グループ代表の資産形成・経営アドバイザーの萩原峻大氏が、会社をたたむ・売るという経営判断と、家族への経営に関する情報開示の「境界線」について解説します。※本記事で紹介する事例は、実際にあった出来事を基にしていますが、個別事案が特定されないようプライバシーに配慮し、登場人物や具体的な状況に一部変更を加えて再構成したものです。人物名はすべて仮名です。

継ぐはずだった父の会社は「もうない」という事実

「会社、売ったから」

 

夕食の途中、父がそう口にした瞬間、息子の箸が止まりました。

 

「……は?」「会社を売ったんだ。先週、契約も終わった」

 

父・村瀬茂さん(55)は、18年前に住宅設備関連の会社を立ち上げました。社員は約30人。決して大きな企業ではありませんが、茂さんが働き盛りの18年間を注ぎ込んで育ててきた会社です。

 

大学4年生の一人息子・亮さん(22)にとっても、その会社は「いつか自分が継ぐもの」でした。

 

「いつ決めたの?」「半年くらい前から話は進めてた」

 

亮さんは卒業後、まずは別の企業に就職します。それも父から「一度、外の会社を見てこい」といわれていたためです。数年後に父の会社へ入り、いつか後を継ぐ――亮さんはそう信じていました。

 

「俺に継がせるっていったじゃん」

 

「継がせないほうがいいと思ったんだ」

 

「俺には無理ってこと?」

 

「違う。いまのお前に背負わせるものじゃないと思ったんだよ」

 

「勝手に決めないでくれよ!」

 

亮は感情を露わにします。

 

「俺、一回でも『会社なんかいらない』っていった? なんで相談してくれなかったんだよ。結局、会社より金を選んだってことだろ。18年やってきた会社を金に換えたんだ」

 

「違う」

 

妻・美紀さん(52)も尋ねます。

 

「本当に、これでよかったの?」

 

茂は答えません。家族には、まだ話していない真実があったのです。

3年目に始まった経営危機

異変が始まったのは、3年ほど前です。

 

原材料費や人件費、金利が上がる一方、取引先からは値下げを求められる日々が続きます。売上自体は大きく変わらなくても、手元に残る利益は少しずつ減っていきました。

 

それでも茂さんは、「来期には戻せる」と考えていました。社員30人の生活を背負っており、長年付き合ってきた取引先もいます。なにより、自分が築いた会社を、簡単に「もう無理だ」諦めるわけにはいきませんでした。

 

資金が足りなくなれば、銀行から借り入れ、売上が落ちれば、さらに働く――。気づけば、会社の借入金は膨らんでいました。それでも妻の美紀さんには、「ちょっと厳しいけど大丈夫」としか伝えませんでした。

 

そして2年前、茂さんは自宅を担保に追加の融資を受けます。自宅は、購入時に美紀さんの父から資金援助を受けたものでした。それでも茂さんは、妻に相談することなく手続きを進めてしまったのです。

 

「あと一年あれば立て直せる」

 

そう信じたかった茂さんですが、状況は好転しませんでした。ある夜、茂さんは一人で会社の数字を見ながら、恐怖を覚えます。

 

このまま会社に固執すれば、会社だけでなく自宅も、貯蓄も、息子の将来さえも失ってしまうのではないか──。「会社を守る」という言葉にしがみつくあまり、一番守るべき家族を危険にさらしていることに気づいた茂は、会社の売却(M&A)を検討しはじめました。

次ページ父が家族に黙って会社を売却した理由

※本連載は萩原峻大氏による書き下ろしです。

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