夫が並べた苦しい言い訳
「これ、説明してくれる?」翌朝、智子さんは大輔さんの机に請求書を並べました。書類に目を落とした大輔さんは、わずかに目をそらして答えます。
「莉奈の施術費だよ。書いてあるだろ」
「どうして会社が払うの?」
「彼女を会社の顔にする計画がある。広告モデルとかアンバサダーとか」
「2,000万円かけた会社の顔が一度も広告に出ていないのはなぜ?」
重ねて追及すると、大輔さんは不機嫌そうに息を吐き出しました。
「これから出すんだよ。まだ途中なんだ」
「なにが途中なの? 整形? それとも、あなたたちの関係?」
その言葉に、大輔の表情が固まります。
智子さんがさらに調べると、莉奈さんには会社名義のクレジットカードが渡されていた事実も判明しました。美容院、ブランド品、高級レストラン。業務との関係を説明できない支出が、毎月のように続いていたのです。大輔さんは、それらもすべて「広報活動に必要な経費」だと言い張りました。
「若い子が発信しないと、いまの客には届かないんだよ。お前にはわからない」
会社をともに立ち上げ、資金繰りに苦心し、20代・30代のころの若さを失った智子さんにとって、その言葉は深く突き刺さるものでした。大輔さんは自らの不貞行為を正当化するために経営を都合よく利用し、夫婦で築き上げてきた会社を私的な欲望の隠れみのにしていたのです。
「会社のためなら、取締役会で説明できるわよね」
智子さんが冷静に告げると、大輔さんは「夫婦の個人的な問題を会社に持ち込むな」と声を荒らげました。会社の公金を私生活に持ち込んでいたのは、大輔さん自身のほうです。
愛人が住んでいた「1億3,000万円の会社資産」
調査を進めるなかで、資金の流出は美容整形費やカード利用にとどまらないことが判明します。半年前、会社は東京都港区内に1億3,000万円の分譲マンションを法人名義で購入していました。
物件の取得自体は智子さんも把握していました。大輔さんから「自社商品の撮影スタジオとして活用し、空いている期間は地方拠点の社員が出張した際の一時住居として運用する。将来的な売却益や賃料収入も見込める有効な資産保有になる」と説明されていたため、合理的な投資判断として反対しなかったのです。
スタジオ運用の実務は大輔さんが一任されていたため、管理費や水道光熱費が法人口座から引き落とされていても、智子さんは事業用コストとして疑っていませんでした。しかし、実際の稼働実績を確認したところ、撮影スタジオとしての利用スケジュールは一件も入っておらず、地方から赴任した社員が住んだ記録も存在しませんでした。
一方で、法人の経費からインテリアショップの領収書が相次いで上がっており、ドレッサーや大型テレビ、高級ベッドなどの配送先がすべてそのマンションの一室に指定されていたのです。
総務の担当者に確認を取ると、「社長の指示により、莉奈さんの社宅扱いで手続きを進めました」という証言が得られました。
智子さんは事前連絡を入れず、そのマンションを訪ねました。
扉を開けた莉奈さんは部屋着姿でした。智子さんの姿を認めて一瞬動揺を見せたものの、すぐに態度を取り繕います。玄関先からは大輔さんが愛用している香水の匂いが漂い、クローゼットには大輔さんのスーツが整然と並んでいました。
「ここは撮影スタジオとして会社が購入したはずですが」
智子さんが問いただしても、莉奈さんは悪びれる様子もありません。
「社長からなにも聞いていらっしゃらないのですか。奥様とは近いうちに籍を抜いて、会社も私と一緒に経営していくと伺っていますけれど」
会社が購入した1億3,000万円の不動産を私的な生活拠点にあてがい、会社の経費で整えた愛人とそこで生活をともにする――。大輔さんは家庭だけでなく、智子さんが心血を注いできた法人そのものを私物化しようとしていたのでした。
