「母さん、これ全部どうしたの?」玄関を開けて気づいた異変
「ちゃんと食べてる?」
「食べてるわよ。心配しなくても大丈夫」
電話をするたび、母の和子さん(仮名・81歳)はそう答えていました。
夫を7年前に亡くしてから、和子さんは築30年ほどのマンションで一人暮らしをしています。年金は月約13万円。住宅ローンは完済しており、日々の生活に大きな不自由はないと話していました。
長男の浩一さん(仮名・55歳)は電車で1時間ほどの場所に家族と暮らしています。以前は月に1度ほど実家を訪れていましたが、この半年は仕事が忙しく、電話だけで済ませることが増えていました。
ある休日、久しぶりに母の様子を見に行った浩一さんは、玄関を開けたところで足を止めました。
廊下の脇に、未開封のペットボトルやティッシュペーパー、洗剤などが入った買い物袋がいくつも置かれていたのです。
「母さん、これ全部どうしたの?」
「買ってきたのよ。安かったから」
リビングへ入ると、テーブルの端には封筒やチラシが積み重なっていました。部屋がごみで埋まっているわけではありません。それでも、以前の母の家とは明らかに違いました。
和子さんはもともと整理整頓が好きで、浩一さんが突然訪ねても、テーブルの上にはほとんど物を置いていなかったからです。
冷蔵庫を開けると、同じ種類の豆腐が3つ、牛乳が2本。消費期限の過ぎた総菜も残っています。
「これ、食べないの?」
浩一さんが聞くと、和子さんは「食べようと思ってたのよ」と少し不機嫌になりました。
事情を聞いていくと、少しずつ生活の変化が見えてきました。
以前は毎日のようにスーパーへ行っていましたが、最近は「出たついでにまとめて買う」ようになったこと。重い物は持ち帰るのが大変なため、宅配も使い始めたこと。一方で、注文した物を忘れて同じ商品を店でも買ってしまうことがあったのです。
厚生労働省『令和6年国民生活基礎調査』によると、65歳以上の人がいる世帯のうち、単独世帯は32.7%。1986年の13.1%から大きく増えています。高齢者の一人暮らし自体は、現在では決して珍しい生活形態ではありません。
